『ガルパン』『サイコパス』『スパイダーバース』も 音響監督・岩浪美和に聞く、映画の音の作り方
「テクノロジーの進歩に伴って表現が多彩になっていく」
ーー岩浪さんにとってのターニングポイントはなんだったんでしょう?
岩浪:2013年に『ゼロ・グラビティ』という映画がドルビーアトモスで公開されて、僕も観に行ったところぶったまげまして(笑)。このフォーマットでモノを作らなきゃいけない、そうでないと日本の音響はどんどん遅れていくなと強く感じました。劇場作品のオファーが来るたびに、「アトモスで作らせてください」と言い続けていたんですが、なかなか上手く行きませんでした。劇場も少ないし余計に経費がかかる、それに見合った売上があがるのか、5.1chで十分じゃないかと何年も言われ続けていました。
『ガールズ&パンツァー 劇場版』がイオンシネマ幕張新都心で上映される際、ドルビーアトモスシアターの施設を利用して元の5.1chの素材をリアルタイムで9.1chにアップミックスするという上映を世界で初めて試みました。これはドルビーアトモスというものを知ってもらう意味合いもありましたし、この施設をフルに使うアトモスで一から作らせてくれればもっと凄い音になる、とういアピールでした。この試みも成功し、『ガルパン』の大ヒット、そのヒットの一因としての「音響」という実績ができたおかげで、その後『BLAME!』『ガールズ&パンツァー 最終章』『ニンジャバッドマン』とドルビーアトモス作品を作ることができました。『スパイダーマン:スパイダーバース』も当初アトモス版の上映予定がありませんでしたが、お願いして公開していただきました。
ーードルビーアトモスが岩浪さんの考える最高の音響技術なんですね。
岩浪:今やハリウッドの大作はほとんどドルビーアトモスでマスターが作られています。そこからIMAXの12.1chや7.1ch、5.1chとダウンミックスしていくのですが、やはりその中で失われる情報があります。僕もいち映画ファンとして、職業人として、アトモスで観たいんですよ(笑)。エンターテインメントというのは、テクノロジーの進歩に伴って表現が多彩になっていきますが、音響も同じでやはり最高のフォーマットで観たいし作りたい。今もそのための努力を続けていますが、アトモスのすごさはもっと多くの方々に知っていただきたいですね。
「『スパイダーバース』は、迫力を出しつつバイオレンスにしすぎない」
――岩浪さんが吹替版を担当した『スパイダーマン:スパイダーバース』も、ドルビーアトモスでの上映も始まっています。
岩浪:吹替版の試写を5.1chでやったのですが、音を聞いたところこれはアトモスでやらなきゃいけない作品だと確信したので、ソニーピクチャーズさんにお願いしました(笑)。
――吹替版では、主にセリフのディレクションを手がけるんですか?
岩浪:そうですね。一番気をつけるのは言葉の使い方です。特に今回は若者が主人公で、活き活きとした言葉を喋らなければいけない映画なので、伝えたいことを逸脱しない範囲で、いかに生きた言葉を探すかというのに時間がかかりました。
――そこまで音作りにこだわりを持って取り組まれる岩浪さんが、サウンドデザインでうならされた作品があればお伺いしたいです。
岩浪:この流れだと『スパイダーマン:スパイダーバース』と言った方がいいんでしょうね(笑)。でもほんとによくできていますよ。特にアトモス版だと顕著にわかるのですが3D空間を目一杯使った音場設計が秀逸です。また勉強になったのは、あの作品が全年齢向けに作られているというところです。関わる作品の傾向として、僕らは大人向けに刺激を高めるような作り方をすることが多いんです。でも全年齢向けに作る場合、いたずらにバイオレンスを強調しすぎると、小さな子どもには刺激が強すぎてしまいます。『スパイダーバース』は、迫力を出しつつバイオレンスにしすぎないという塩梅の音作りがされていて、非常に勉強になりました。ハリウッドはそういった作品を作り続けてきたノウハウがやはり違うなと実感しました。劇中でダンスミュージックやヒップホップなどストリートミュージックが多用されており、そういった音楽がしっくりハマるのも羨ましく感じました。
――最後に今後の目標を教えてください。
岩浪:すべての映画館で最良の映像と音響を楽しんでいただくのが最終的な目標ですね。これは目標とは少し違いますが、映画館に関して言えば心配なことがあります。日本にある多くの映画館が、フィルム上映からデジタル上映に変わって十数年経つのですが、音響機器は10年を超えたら必要なパーツの交換をしなくてはいけない時期に入ります。どうしても劣化してしまう。「音が出てればいいじゃないか」となりがちですが品質は落ちていきます。今後おざなりになっていき老朽化するとどうなるんだろうと、余計なお世話ですけど心配しています。僕もいくつかの映画館でスピーカーを交換した際、自分が手がけた作品と紐づけて「スピーカーを変えて音がよくなったぞ」というようなPRを劇場さんと一緒に行ってきましたが、映像、音響機器の刷新が劇場の売上につながるようなやりかたのお手伝いが少しでもできればと思っています。あとは先ほどもお話しましたが、ドルビーアトモス作品は作っていきたいですね。最高のフォーマットで物作りをしたいですし、最高の音を追求していきたいと思います。
(取材・文・撮影=安田周平)
■公開情報
『スパイダーマン:スパイダーバース』
現在公開中
製作:アヴィ・アラド、フィル・ロード&クリストファー・ミラー
監督:ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン
脚本:フィル・ロード
吹替キャスト:小野賢章(マイルス・モラレス/スパイダーマン役)、宮野真守(ピーター・パーカー/スパイダーマン役)、悠木碧(グウェン・ステイシー/スパイダーグウェン役)、大塚明夫(スパイダーマン・ノワール役)、吉野裕行(スパイダー・ハム役)、高橋李依(ペニー・ パーカー役)、玄田哲章(キングピン役)
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:spider-verse.jp
公式Twitter:https://twitter.com/SpiderVerseJP/
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■商品情報
『ガールズ&パンツァー 劇場版』
Blu-ray&DVD発売中
発売・販売元:バンダイナムコアーツ
(c)GIRLS und PANZER Film Projekt