『IT』続編や『ペット・セマタリー』再映画化も スティーヴン・キング作品が映像化され続ける理由
とはいえ、キング原作映画にハズレが多いことも知られている。彼の作品は長いものが主流だ。長編というより、大長編なのである。彼はまず、災厄が訪れる前の人々の日常を書く。彼らの聴く音楽、観る映画だけでなく、日用品や食べものまで固有名詞や銘柄入りで書きこみ、リアルな日常をとらえる。そうした前段があるからこそ、日常が壊されていく恐怖の展開に迫真性が生まれる。
しかし、興行の都合で長時間にできない映画では、絵になりやすい場面を中心にする一方、日常の場面は削られがちでリアリティが減る。加えてSFXがしょぼければ、残念なことになる。『ファイアスターター』(1980)が原作の『炎の少女チャーリー』(1984/マーク・L・レスター監督)など、語り草になっている。
このため、キングの映画化で成功とされるのは、日常と恐怖のバランスがとれた作品か、超常現象より人間ドラマに力点がある作品である。前者の例は『デッドゾーン』(1979/デヴィッド・クローネンバーグ監督で1983映画化)、『ミザリー』(1987/ロブ・ライナー監督で1990映画化)、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(原作『IT』1986/アンディ・ムスキエティ監督で2017映画化)、後者の例は『スタンド・バイ・ミー』(原作中編1982/ロブ・ライナー監督で1986映画化)、『ショーシャンクの空に』(原作中編「刑務所のリタ・ヘイワース」1982/フランク・ダラボン監督で1994映画化)、『グリーンマイル』(1996/フランク・ダラボン監督で2000映画化)など。
キング作品では、不安や歪みを抱えた日常が、超常現象や狂気によって壊される。日常の不安と非日常の恐怖が、共振する状況なのだ。『キャリー』では、ハイスクールでいじめられ家では狂信的な母に抑圧される少女が、自らの超能力を全開にして復讐する。『シャイニング』では、アルコール依存とDVの過去を持つ男が妻と子どもとともに雪に閉ざされたホテルを管理する仕事に就くが、亡霊と交流するうちに狂っていく。『ペット・セマタリー』では交通事故で飼い猫、息子を亡くした父親が、そこに埋めれば蘇るという先住民の墓地を使い、異様なものを蘇らせてしまう。『IT』では吃音、親からの虐待、人種差別など辛さを抱え、いじめられている子どもたちの前に、悪魔のようなピエロが現れる。
それぞれの物語をあとからふり返ると、日常のなかにすでにあった軋みが、異常な出来事の予兆であったかのように感じられる。また、キングは出身地メイン州を舞台に選ぶことが多いが、そこはニューヨークのような大都会でも、カリフォルニアのような進取の気風がある場所でもない。ありふれた地方の街であり、保守的でもある土地柄だ。
しかし、キングは共和党ではなく民主党の支持者なのである。『デッドゾーン』では、未来に大統領となり核ミサイルのボタンを押すはずの政治家を、予知能力を持つ主人公が暗殺しようとする。また、テレビドラマ化された『アンダー・ザ・ドーム』(2009)は、なぜか透明なドーム状の壁に囲まれ外部から遮断された街で、差別意識丸出しの地元のボスが独裁者となり、暴虐を振るう話だった。最近ではキングがツイッターでトランプ批判を繰り返した結果、本人のアカウントからブロックされたことがネットのニュースになった。