配役と演出の妙が生み出す物語の奥行き 『轢き逃げ 最高の最悪な日』は水谷豊監督“渾身の一本”に

『轢き逃げ』は水谷豊監督“渾身の一本”に

 ひと口でこの映画をジャンルに括るとするならば、「サスペンス」とするのが最もふさわしいだろうか。前半こそ、物語の発端にある事件の犯人を観客がわかった上で、その犯人と警察のある種の攻防のようなものが描かれるが、後半は父と娘のドラマであり、そしてそのさらに奥に新たな「ミステリー」が顔を覗かせていく。水谷は監督として本作を手がける上で「『嫉妬』という感情を掘り下げて、普段、他人には見せることのない“人間の心の奥底にあるもの”を映画として描いてみたい」と語っている。物語が進むにつれてその色合いが変化していくのは、ある意味では登場人物たちの感情や思惑の変化、“心の奥底にあるもの”が徐々に露呈していく様を象徴しているのかもしれない。

 そんな本作で、ひときわ目を引くのが主人公である2人の青年の演技だ。秀一を演じているのは俳優として実に15年のキャリアを持つ中山麻聖。一方で輝を演じているのは、こちらも子役時代から長いキャリアを持つ石田法嗣。中山は『牙狼〈GARO〉』シリーズの4作目『牙狼〈GARO〉 -魔戒の花-』など、石田もまた塩田明彦監督や中江裕司監督らの手がける映画など、多くの主演作を経験してきた逸材2人が、本作ではオーディションを経て役を勝ち取ったというのだから驚きである。そこには俳優の知名度にこだわることなく、あくまでもリアルさを追求した水谷“監督”の強い信念があるという。もちろん多くの観客にとって顔と名前がなかなか一致しない俳優だから身近に感じてリアルだというわけではない。中山と石田もともに俳優としての底知れないポテンシャルを持ち、その演技力をふんだんに発揮しながらも、時折良い意味で“素人くさい”表情を見せる絶妙さ。それが共感性と別のベクトル上にある、そこはかとない“怖さ”を引き立てていき、物語に果てしない奥行きを生む。

 その“怖さ”を他のキャスト陣も小林涼子や毎熊克哉のように映画やテレビ、舞台など枠にとらわれずに活動する“巧い”若手俳優と、檀ふみや岸部一徳といったベテランが器用に盛り立てていく。とりわけ冷静沈着な捜査で、着実に秀一を追い詰めていく岸部の演技には脱帽せずにはいられない。いずれにしても派手すぎず、それでいて確実に役に染まった演技をしてくれる俳優を見つけ出すということは、ストーリーに重きを置いたタイプの本作において何よりも欠かせないことだ。俳優として半世紀以上のキャリアを誇る水谷が培ってきたノウハウが、あらゆる面で活かされているまさに“渾身の一本”と呼んでもいいのではないだろうか。

■久保田和馬
映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『轢き逃げ 最高の最悪な日』
5月10日(金)公開
監督・脚本:水谷豊
出演:中山麻聖、石田法嗣、小林涼子、毎熊克哉、水谷豊、檀ふみ、岸部一徳
配給:東映
(c)2019映画「轢き逃げ」製作委員会

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる