2018年ドラマ評論家座談会【前編】 『獣になれない私たち』野木亜紀子ら女性脚本家飛躍の1年
30代の女性の描き方にも変化が訪れている
成馬:晶の年齢が絶妙ですよね。30歳で営業アシスタント、部下の中では地位が高いからこそ、後輩の面倒を見なきゃいけない。一方で社長はワンマン社長で、両者の間で思い悩んでいる。『けもなれ』は新垣結衣に対する批評にもなっていて、『逃げ恥』で過剰に神格化された新垣結衣を、どう軟着陸させるか、という意図を感じました。部下の上野(犬飼貴丈)が晶の写メを撮って毎日見てたじゃないですか。で、社長の机の上には原節子の写真が飾ってあるから、2人(原節子と新垣結衣)を重ねているのかなぁと思いましたね。2人とも晶をアイドル化しているというか。もうひとつは身長の問題ですね。第1話でヒールの高いブーツを履かせることで、背が高い新垣結衣を魅力的に見せようとしていたのがうれしかったです。
西森:京谷が晶に面と向かって、「今の晶は可愛くない」と言うじゃないですか。それに対して、のちに「可愛くなくて何が悪い」と言い返す。今まで背負ってきたものに対して、ガッキーがそう言うことに意味があったんだなと。
成馬:野木さんは女優さんの魅力を引き出しますよね。女優さんが今、一番出演したい脚本を書く方だと思います。過剰に背負い過ぎた女優のパブリックイメージを、ちょっとだけずらして、でも全否定はせずに印象を柔らかくしてくれる。『アンナチュラル』の石原さとみさんと『フェイクニュース』の北川景子さんにも、同じ効果が起きているんですよ。
西森:野木さん自身も、今まで女性のキャラクターが過剰にキャピキャピしてテンションの高いものとして描かれてきたのを終わりにしたいとおっしゃっていて。野木作品の影響で、今後女性のパーソナリティの描き方も変わっていくといいなと思います。
成馬:30代の働く女性のイメージを更新してくれていると感じます。女優でいえば、30歳は戸田恵梨香、新垣結衣、徳永えり、33歳は満島ひかり、綾瀬はるか、蒼井優、宮﨑あおいと、この世代は混戦状態なんですよ。2000年代の映画や学園ドラマで鍛えられた人たちが、スター女優に成長し、30代になった時に、無理のない形で大人の女性を演じている。いい状況ですよね。
横川:なるほど。今お2人の話を聞いて、僕個人としては、あまりドラマに働き方像みたいなものを求めてないのかもしれないと思いました。僕も20代のうちに正社員、アルバイト、派遣社員、契約社員、フリーランスと雇用形態全部経験して。会社というより、コミュニティという言葉の方がしっくりくるし、“個の時代”という感覚で、会社に執着がないし、ドラマにも求めてないんですよね。だからこそ、『義母と娘のブルース』(以下、『ぎぼむす』)的なヒューマンドラマが好きだったし、実際視聴率もよく、広く受け入れられるドラマだったのかなと。やっぱり視聴者としては、『けもなれ』を面白いと思えない層が一定数いて、『ぎぼむす』は民放の連ドラで19.2%という記録を残した。みんなが観たいのはこれなんだなということを証明する1年だったのかなと思いました。古典的な作りだし、女性像としても新しいわけではないのですが。
西森:『ぎぼむす』は、綾瀬はるかがロボットヒロインを演じるという衝撃から始まり、最後、物語の出口が違うということでは新しいと思ってもいいのかなとも思いました。それと、保守的な部分も、そうでない部分も共存してるんです。伝統的家族ではなく、偽装結婚から始まる疑似家族が本物の家族になるというところも、保守的な人にも、保守的じゃない私みたいな視聴者にも響いたので、わりといろんな人に届いたのかなとも思います。
成馬:『ぎぼむす』の脚本を担当した森下佳子さんは、『女王の教室』や『家政婦のミタ』を手がけた遊川和彦さんの弟子筋の方なんですよね。日テレは、『ハケンの品格』や『家売るオンナ』など、ロボットみたいな仕事のできる女性を主人公にするドラマを歴代作ってきて、そのパターンを作ったのが遊川さんだった。それを森下さんがTBSがやると、『ぎぼむす』になるんだなぁと思いました。ああいうロボットみたいな強いヒロインを通してしか働く女性を描けなかったのが、もっと等身大の軟らかい印象に変わってきたのは時代の変化を感じます。
日テレは、作家性の強い演出家が活躍する場所に?
成馬:『けもなれ』のチーフ演出は水田伸生さん。坂元裕二の『Mother』や『Woman』『anone』、宮藤官九郎の『ゆとりですがなにか』など手がけた方です。すごく作家性の強い濃厚な演出をされる方なんですが、その分だけ負荷が強いんですよね。それが視聴者の拒絶感を生んでしまったのではないかと思います。野木さんの脚本と水田さんの演出の相性が良すぎたのが、予想外だったのかも。
横川:なるほど、逆にハマりすぎたと。
成馬:どっちも社会派娯楽作家だからこそ、味が濃くなりすぎたというか。じっくりドラマを見たい人には見応えはあったんですけどね。今の民放地上波のドラマの演出はどんどん単純でわかりやすい方へ向かっているのですが、その中で日テレのドラマは作家性の強い演出が唯一残ってる。『anone』と『けもなれ』を担当した水田さんの演出は尖ってたし、福田雄一さんが脚本・演出を担当した『今日から俺は!!』も面白かった。視聴率では苦戦してますが、今年よかった作品を並べると日テレのものが多いんですよね。
西森:だけど、日テレはバラエティの強い局だからこそ、企画でしっかり、万人に受けると思われるフックがないといけないのかもしれません。最初の企画書で「おおー!」って言わせないといけないのかなと。だから、そこで作家性の強い人でも、とりあえず、最初に誰でもわかるフックを作っておかないと……ということはあるのかなと思います。それは別に間違ってることではないんですが、バランスはあるんじゃないでしょうか。
成馬:多分、演出意図は企画書に書きにくいので、今まではスルーされていたんでしょうね。ちなみに『anone』は坂元裕二の自己言及的な作品で、阿部サダヲが演じる男が、最初に「自分、名言怖いんで」って言うんですよね。坂元裕二と言えば「名言、名台詞の人」じゃないですか。Twitterですぐに名言集がまとめられ、みんなが深読みしてワイワイ楽しむ。その構造が『カルテット』の時は爆発したんだけど、名言だけが切り取られて消費される状況に対して、坂元さんの中で思うところがあったんじゃないかと思いますね。だから『anone』は『カルテット』的な消費を否定しようと抵抗したのかもしれない。『anone』はドラマの見られ方自体について考えさせられましたね。