伝統の復権と世界市場への挑戦 『紅き大魚の伝説』『ネクスト ロボ』に見る、中国アニメの隆盛
物語は独創的でありつつも、中国古来の感性を感じさせる。海底に広がる「神の円楼」に住むチュンという少女が、16歳の成年式の日にイルカに変身し人間界に渡るが、そこで運悪く網に引っかかってしまう。そこを若い兄妹の兄に助けられるが、大渦に巻き込みその兄を死なせてしまう。幼い妹から兄を奪ってしまったチュンはその青年に命を分け与え、小さなイルカになった青年を成人させて、人間に戻すために育てる。チュンの暮らす世界のしきたりや天災など様々な困難を乗り越えながら、恩に報いようとする少女の愛が壮大なスケールで描かれる。
ビジュアル面でも見どころ満載で、美しい手描きの背景に、荒削りながら滑らかな作画や、吉田潔による音楽も美しく、壮大なスケールの物語を盛り上げている。
本作は日本アニメの影響を強く受けている作品だ。監督たちも宮崎駿からの影響をインタビューで公言しており、作品全体の世界観や美術コンセプトには、『千と千尋の神隠し』などの宮崎駿作品、あるいはその源流であるかつての東映アニメーションの世界に近いものを感じさせる。
しかしながら、本作は日本アニメの焼き直しでは決してない。中国アニメーションにはかつて黄金時代と呼ばれた時代があり、日本アニメや漫画にも多大な影響を与えていた。アジアで初めて長編アニメーションを制作したのは中国であり、1950年代から60年代にかけて多くの傑作を生み出している。それらの多くは、中国の故事や神話などから着想を得ており、表現スタイルは水墨画や京劇などの要素を取り入れた独自のものであった。
代表的な作品に、水墨画アニメーションとして名高い『オタマジャクシ、お母さんを探しにいく』や、京劇的な演出が今見ても斬新な『大暴れ孫悟空』などがある。その後、文革から始まる長い低迷期を経て、80年代、90年代にはテレビで日本アニメの放送が開始されると、中国国産アニメは忘れられたかのようだった。
21世紀に入り、中国産アニメを作る機運も高まり、日本アニメに影響を受けたクリエイターも多数登場し、2011年の『魁抜(クイバー)』など日本アニメの影響を強く受けた質の高い作品も生まれるようになった。しかし、それらは中国独自の感性を活かした黄金時代の作品と比べると、オリジナリティや芸術性の点では物足りないものだった。
『紅き大魚の伝説』がそれらの作品と一線を画した点は、黄金時代の作品を彷彿とさせる、伝統的な感性を下敷きにした物語を、日本アニメから吸収した現在の高い技術力で作った点にある。
本作は、「北の海にクンと呼ばれる魚がいた。長さは何千理にも及び、測れないほど大きい」という、宋の時代の思想家・荘子の古典である逍遥遊(しょうゆうゆう)の引用から始まる。荘子は道教の始祖の1人として知られるが、その思想は無為自然(むいしぜん)と呼ばれ、人為的な振る舞いを嫌うものだった。蝶になった夢を見たが、それは果たして自分が蝶になったのか、それとも蝶だった自分が人間になった夢を見ているのか、と問う説話「胡蝶の夢」は有名だ。本作の物語はこうした思想がベースとなっている。
近年、中国の映像産業では「中国らしさ」を追求した作品製作を模索する動きが活発なようだが(参照:北京週報|中国アニメ業界に「中国らしさ」の風)、本作はその最も大きな成功例のひとつだろう。
『紅き大魚の伝説』は、中国アニメが長い低迷のトンネルを脱したことを告げていると言ってもいいのではないだろうか。日本アニメの優れた表現力を吸収し、なおかつ独創性ある物語と哲学を内包した、中国だからこそ作ることができた作品だ。