「韓国の若い人たちの多くは、光州事件を深くは知らない」 『タクシー運転手』監督インタビュー

『タクシー運転手』監督インタビュー

 1980年5月18日、韓国・光州市の全羅南道旧道庁前広場はまさに“戦場”と化していたーー。光州市で大学を封鎖した陸軍空挺部隊と、これに抗議した学生が衝突し、軍部隊・機動隊の鎮圧活動はエスカレート。これに対抗するため、市民はバスやタクシーを倒してバリケードを築き、角材や鉄パイプ、火炎瓶で応戦する。21日には、群集に対して空挺部隊の一斉射撃が開始。結果として死者155人、負傷者や拘束者など4634人もの犠牲が出た。韓国近代史上、最大の悲劇といわれる“光州事件”だ。

 映画『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』は、光州事件の現場を取材して世界にその真実を伝えたドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターと、彼をソウル市から光州市まで送迎したひとりのタクシー運転手キム・サボクの実話をもとにしたヒューマンドラマである。主演のタクシー運転手役を務めるのは、『シュリ』(99年)や『殺人の追憶』(03年)などの作品で知られる、韓国を代表する演技派俳優のソン・ガンホ。相方となるドイツ人記者役は、『戦場のピアニスト』(03年)などで知られるトーマス・クレッチマンが務めている。『映画は映画だ』(08年)や『義兄弟~SECRET REUNION』(10)のチャン・フン監督がメガホンを取った。


 チャン・フン監督はなぜ今、光州事件を題材とした作品に向きあったのか。本人にスカイプでインタビューを行った。

この事件を広く伝える必要がある

チャン・フン監督

「光州事件はあれほど大きな悲劇だったにも関わらず、40年近く経った今、韓国の若い人たちの多くは、何が起こったのかあまり深くは知らない状況です。光州事件での市民たちの戦いがなければ、現在のような民主化はなされていなかった可能性もありますし、犠牲になった方々の名誉のためにも、今、改めてこの事件を広く伝える必要があると考えました。事件当時は私自身もまだ幼かったため、何が起こっていたのかはわかりませんでしたが、周囲の大人たちが涙を流していて、これは本当に大変なことなんだと、肌では感じていました」

 物語は、一人娘を男手一つで育てるために金策に奔走するキム・サボクの日常から幕を開ける。キム・サボクは娘思いの優しい父親ではあるが、どこか軽薄でずる賢いところがあり、少なくとも聖人君子とは言い難い人物だ。ある日、ドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターが光州まで行こうとしていることを知り、その報酬に惹かれた彼は、片言の英語しか話せないにも関わらずその運転手に志願する。そして、光州に入り壮絶な事実を目の当たりにして、何度もひとり逃げ帰ろうとするのだが、現地で知り合った学生たちやヒンツペーターが抱く使命感に触れ、彼らとの友情を育むうちに、自らもまた市民たちを守るために立ち上がる。

「本作は、光州の外から来たキム・サボクの視点と、海外からジャーナリスティックな精神性を抱いてやってきたヒンツペーターの視点の二つから描いています。そうすることによって、観客の意識を日常から戦場へと誘導していくのです。心情としてはキム・サボクの視点から見て、理性的にはヒンツペーターの視点から見ていただけると、光州事件がどんなものだったのかを立体的に理解していただけるのではないかと考えています」

 本作は、2017年の韓国映画の中でナンバーワンのヒットを記録しているが、実際の事件を題材としたことで、批判はなかったのだろうか?

「もちろん、本作での描き方は100%史実そのものではありません。歴史的な見解に対しては様々な意見があるでしょうし、今もいろんな議論が起こっています。実際、光州事件を経験した方には『実際の現場はあんなものじゃなかった。もっとずっと酷かった』とおっしゃる方もいましたし、逆に若い方は衝撃的すぎたのか『あんなことが起こったなんて信じられない』という声もありました。ただ、光州事件が起こったことは事実ですし、多くの方が犠牲になっています。本作を通して、少しでも歴史に関心を抱いていただければ、という思いです。映画は、光州事件を捉えたフィルムを海外に持ち出すところで終わっていますが、実際に韓国でこの事件のことが認められたのは、もっと後になってからのことでした。この映画の後にはどんな物語があったのかにも想像を巡らせてもらえると、いっそう有意義なのではないでしょうか」

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