アンドレイ・ズビャギンツェフ監督が明かす、『ラブレス』製作の背景と子役の名シーン誕生の裏側
「子役の演出の秘訣は、才能ある人材を見つけ出すこと」
ーー行方不明となる12歳のアレクセイは途中から全く姿を見せなくなりますが、映画を観終わったあとに最も印象に残ったのは彼の存在でした。
ズビャギンツェフ:アレクセイが家から出て以降、絶対に彼の容姿を見せてはいけないと、シナリオの段階で決めていました。それは、アレクセイの顔や声、そして彼がどういった子供だったかをもう一度確認したいという観客の気持ちを呼び起こすためでもあります。監督によっては、例えばバス停でアレクセイが身を隠しているような様子を映していたかもしれませんが、私は絶対にそういうことはしません。観客が最後に彼の姿を目にするのは、階段を駆け下りていくシーンで、彼がいなくなった後も階段の手すりを映しています。あれは彼との別れのシーンであって、彼が最後に触れたものを見せているというわけなのです。これはエモーショナルな部分でも強調したい部分であって、その後、彼の両親が警察と監視カメラの映像を確認する中で、アレクセイらしき人物の背中が映る描写もありますが、それもあくまで彼を思い出させるための手法なのです。
ーー出番が少ないながらもあれほどの存在感を残せるのには驚きました。
ズビャギンツェフ:実は一番最初のシナリオの段階では、アレクセイが出てくる場面はもっと少なかったのです。彼の登場シーンは、家で机に向かって窓の外を見るだけでした。しかし、あまりにも登場シーンが少ないと思い、もっとエピソードを増やそうと、学校から家に帰る途中でテープを見つけるシーンを付け足しました。少年が孤独であるということを強調するシーンで、観客も彼に親しみを持ちやすくなる効果があります。
ーーアレクセイを演じたマトヴェイ・ノヴィコフの演技も素晴らしかったです。とりわけ、自分のことをどちらが引き取るかで両親が罵倒し合いながらけんかしているのを聞いてしまう序盤のシーンは今でも忘れられません。
ズビャギンツェフ:アレクセイを演じたマトヴェイ・ノヴィコフは、実はあのシーンのシナリオを全く読んでいなかったのです。だからあれがどういうシーンなのか、彼はあの時点で全く想像がついていないのです。そもそもキッチンのシーンを撮った翌日に彼が泣いているシーンを撮ったので、彼が泣いているときはキッチンは全くの静寂だったわけです。マトヴェイは、アレクセイがなぜ泣いているのか、その理由を知らずに泣いている。つまり、映画がいかに人を騙すものであるか、そして映画がいかに幻想を生み出すものであるかを証明したシーンでもあるわけです。
ーーではマトヴェイ・ノヴィコフにはどのような指示をしたのでしょう?
ズビャギンツェフ:「この家庭はいい状況ではない。君は結局、家出をすることになるんだ」という説明はしていましたが、それ以外は教えませんでした。当日の撮影をどうしたかというと、ジェーニャ役のマルヤーナ・スピヴァクをトイレの便器に座らせて、撮影に臨める状態になるまでドアの向こうで待っていなさいとマトヴェイに伝えました。全くの静寂であって、カメラは完全に準備ができている状態。マトヴェイに対しては、カメラを回してよければ頷いてくれと言ったわけです。彼に涙を流してもらうために言ったのは、「君がこうなってほしいと思うことを夢見てごらん。でも、絶対にそれは手に入らないという状況なんだ」ということ。“大いなる夢を見たところ、涙が溢れ出た”というわけですね。
ーー初長編監督作『父、帰る』もそうでしたが、あなたの作品は子役が存在感を放っている印象が強いです。子供たちを演出する際の秘訣のようなものはあるのでしょうか?
ズビャギンツェフ:今回のアレクセイ役のキャスティングは、モスクワとサンクトペテルブルクの2都市でオーディションを行ったのですが、そこで250人以上の12歳の少年を見た結果です。非常に感性が豊かで、自分自身を必要な状態にすぐ持っていくことができる、とてもモビリティーに飛んだ心理を持った少年でした。そのように、子役をうまく演出する秘訣は、才能ある人材を見つけ出すことに限ります。
(取材・文・写真=宮川翔)
■公開情報
『ラブレス』
4月7日(土)、新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
共同脚本:オレグ・ネギン
出演:マルヤーナ・スピヴァク、アレクセイ・ロズィン
2017/ロシア、フランス、ドイツ、ベルギー映画/ロシア語/シネスコ/127分/字幕翻訳:佐藤恵子/原題:Nelyubov/英題:Loveless/R15+
提供:クロックワークス、ニューセレクト、STAR CHANNEL
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム、STAR CHANNEL MOVIES
(c)2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS
公式サイト:http://loveless-movie.jp/