松重豊、“なごみの演技”で欠かせない俳優に 『アンナチュラル』所長役の愛らしさ
松重豊が演じる『アンナチュラル』の神倉保夫所長を見ていると、職場にこんな上司がいたらと思ってしまう。
面倒なことに首を突っ込みたくはないという事なかれ主義なところは少々あるが、穏やかで威圧感はない。ときには、自分の趣味で購入したと思われる玉露を入れてラボの面々に煎れたりもするが、あまり相手にもされなかったりもするし、東海林(市川実日子)からのたっての希望で、甘いものが欲しいと言われ、かりんとうを準備しながらも、「飽きた」と言われることもある。しかし、いいお茶を煎れたり、甘いものを準備したりして、自らの “ささやか”な喜びを見出せるという愛らしさが伝わってくる。
また、上司というのは、雑用を嫌がる人も多いが、所長でありながら、神倉は細々したことも、自分の役割だと思えばやる。電話だって率先してとる。東海林が残業続きで自主的に早退しても、「自由だな」と言って受け止める。中堂(井浦新)が読むべき資料をゴミ箱に捨てても、怒ったりするのではなく、ぼやいてその場をなごませる。なんと理想の上司だろうかと思えてくる。
しかし、この人が元厚生労働省医政局職員で、補助金をあちこちで集めて、UDIラボを立ち上げるために尽力したとなると、のらりくらりとしながらも、どこかやり手なところもあるのかと勘繰らずにはいられない。第1話でも、ある不審死の一件で、東央医科大学病院に行き、院長と会って話す際に「神倉さんが厚労省をおやめになったときは驚きましたが」とい言われていたが、この一言からすると、神倉も厚労省の出世争いの中にいた1人だったのではないかと思われる。その後、その不審死が院内感染の隠蔽とわかったときにも、病院の院長に対しても、へりくだるでもなく、ミコト(石原さとみ)が証拠を持ってきたこともあり、「認めるべくは認めて、会見しちゃいましょう」と、真実を発表させるに至っていた。神倉にはちょっとした凄みもあるのだ。
自分が会社で働いた経験からしても、職場でのらりくらりした上司は、出世にはあまり興味がなく、何かを立ち上げるために尽力するタイプとは程遠いことが多かった。のらりくらりした性質と、組織を立ち上げ存続させる性質とは、どこか逆のようで、神倉のように同時に成立するということは、ほとんどなかったように思うのだ。
もちろん、神倉にも、世の中にある不審死を一件でも減らしたいという志があってこそ、UDIラボに尽力をしているのだろう。第7話では、ごみ屋敷の年老いた住人に、その妻の遺体を受け入れてもらうために、何度も将棋の勝負をしにいっているというエピソードも登場し、神倉の人を放っておけない性質がより伝わってきたし、また彼がUDIラボを作るきっかけが、東日本大地震で、数多くの遺体が身元不明のままになっていて、確認する手立てもない、そんなことを経験しかたらだとわかり、納得させられた。権力を得て、何かを成し遂げる人ではなく、信念をもってコツコツと動いてUDIラボを立ち上げた人だったのだ。