『犬猿』は2018年を代表する1作となる 『男はつらいよ』に連なる“愚兄賢弟”と“愚妹賢姉”の物語

モルモット吉田の『犬猿』評

 外見も性格も、対象的な兄弟と姉妹――『犬猿』は、長らく遠くに行っていた荒っぽい性格の兄・卓司(新井浩文)が、フラリと弟の和成(窪田正孝)のもとに現れ、しばらく滞在することになったところから物語が動き始める。この設定に見覚えはないだろうか。

 50年前、フジテレビの夜10時から放送された連続テレビドラマは企画段階で『愚兄賢妹』という仮題が付けられていた。そのドラマは放送終了後に映画化され、26年にわたって全48作の長寿シリーズとなった。言わずと知れた『男はつらいよ』である。

 主人公の寅次郎は、人懐っこいがひどく粗野な男でもある。殊にシリーズ後期の穏やかなイメージでは考えられないほど、初期の寅は暴力的な存在であり、いつキレるか分からないヤクザな雰囲気を色濃く醸し出していた。第1作は、20年ぶりに寅が腹違いの妹のさくらと再会するところから始まる。不出来な兄と違って妹は優しく容姿端麗で、叔父夫婦が営む柴又の団子屋の隣にある印刷屋の職人も彼女に羨望の眼差しを向けている。その中の一人の誠実な青年・博は、寅にいびられつつも応援され、さくらと結ばれる。

 ――という『男はつらいよ』の世界を踏まえて『犬猿』を観れば、見事にそこから換骨奪胎された〈愚兄賢弟〉と〈愚妹賢姉〉の物語と気付かされる。実際、寅の稼業である縁日などで叩き売りをするテキ屋は、かつてはヤクザと近い位置にあった。今、もし、寅のような兄がいたら、もはやテキ屋がそうしたヤクザのシノギになる時代ではないだけに、卓司と同じように怪しげなダイエット薬品の輸入販売に手を染めていても不思議ではない。

 印刷所を親から受け継ぎ、納期と赤字に日々追われる姉の由利亜(江上敬子)は、まるで柴又の団子屋の隣でいつも経営難に苦しんでいた印刷所のタコ社長のようだ。そうなると、由利亜とは似ても似つかない容姿で男たちに色気を振りまき、売れない女優業の傍ら印刷所で働く妹の真子(筧美和子)はというと、さしずめ、タコ社長の下で働く寅の義弟である博を不出来にさせて性転換し、さくらの美貌を加味させたようなイメージだろうか。『男はつらいよ』のファンなら、シリーズ後期に登場した美保純が演じたタコ社長の娘の姿も真子に連想するかも知れない。前年までロマンポルノに出演していた美保が発散するエロスとやさぐれた雰囲気、快活に男たちと会話する姿は、毎回のマドンナともさくらとも違ったキャラクターとして際立っていた。

 もっとも、『男はつらいよ』はあくまで寅が主役であり、さくらの視点が介入する程度で、タコ社長や博が中心になることはなかった。彼らを主役と同等の扱いにすると、互いに優越感を露呈させ、ガラガラと音を立てておなじみの世界が崩れてしまうからだ。寅が見初めたマドンナを博が横取りしたり、タコ社長が女に狂い始めると、平穏に見ることなどできまい。そこにこそ、『男はつらいよ』から半世紀を経て作られた『犬猿』が描く世界に新たな可能性が秘められている。もはや郷愁を誘う故郷もなく、自宅介護を余儀なくされて親を抱えて暮らす姿は、『男はつらいよ』が描く疑似ノスタルジーの世界とは程遠い。下請けの仕事を淡々とこなしながら、ささやかな暮らしを維持し続けることを誇りに思おうとする和成と由利亜。怖いもの知らずに起業して一攫千金を実現させる卓司と、女優業は上手くいかないものの恋愛に手慣れた妹の真子。血を分けた兄弟・姉妹ゆえに羨望と憎悪は増幅されてゆく。

 元々、兄弟の話と姉妹の話という2つの別々の企画があり、それを合体させて4人が主役の話にしたというから、阪本順治監督・藤山直美主演の『顔』や、なかにし礼原作の『兄弟』などの先行例があることを思えば、この〈愚兄賢弟〉と〈愚妹賢姉〉を同時並行で描く4人が主役の群像劇にしたことが本作を成功させた要因だろう。

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