『犬猿』は2018年を代表する1作となる 『男はつらいよ』に連なる“愚兄賢弟”と“愚妹賢姉”の物語

モルモット吉田の『犬猿』評

 ところで、吉田恵輔監督は役者を活かすことに定評がある。『麦子さんと』の堀北真希、『ヒメアノ~ル』の森田剛など、俳優としてのキャリアの中で最良の演技を引き出して見せている。特に後者で森田が振るう淡々とした暴力にはゾッとさせるものがあったが、それは本作の新井浩文にも受け継がれている。もっとも、凶暴な役は散々演じてきた新井だけに、いつもと同じだろうと思い込んでいると、キャバクラの店員を暴行する冒頭近くのシーンでは容赦なく頭を蹴り続け、熱いコーヒーを顔にかけるといった一線を越えた過剰さが、卓司という存在の危うさを感じさせる。弟役の窪田正孝は、これまでのベストアクトと言うべき演技を見せる。といって大熱演するわけではない。ごく普通の気弱な会社員を演じているが、その奥底に秘めた狂気を仄かに感じさせ、直接的な暴力によって感情を露わにする兄よりも、恐ろしく感じさせる。窪田の鋭い目つきを巧みに劇中の台詞に取り入れて、その狂気を表現するあたりも絶妙である。

 とはいえ、新井浩文と窪田正孝はこれまでの実績からして、吉田恵輔の脚本と演出で際立つに違いないと予想がついていたものの、未知数だったのが江上敬子と筧美和子だ。「胸がデカイだけで飛び抜けて演技ができるわけでも、飛び抜けた才能があるわけでもない」と劇中で事務所のマネージャーから言われる筧だが、こう言っては申し訳ないが、筆者自身、彼女にはそんなイメージしかなかった。『テラスハウス クロージング・ドア』で渋谷のカフェで1シーンだけ姿を現す筧が、スクリーンを華やかにさせていた印象こそあっても、俳優として主演を担うだけの力量を感じたこともなかっただけに、劇中のナチュラル・ビッチぶりもさることながら、柔らかなトーンで繊細に感情の起伏を配置して演じる姿にはすっかり魅了された。

 そして最大の驚きとなったのが江上敬子だろう。元々女優志望だったのだから素養があるとはいえ、演技賞は確実と思わせる落ち着き払った芝居に最初から驚かせ、喜怒哀楽を全て見せ切り、30代の実力派女優が突然現れたかのような驚きを味わうことになった。特に自室でのダンスシーンは抱腹絶倒である。こうした見事なアンサンブルが、終盤にかけて、兄弟と姉妹が感情を高ぶらせていく過程を同期させて最高潮に達する作劇へと結実させており、今年の日本映画は早くも出色の1本が現れたと言えるだろう。

■モルモット吉田
1978年生まれ。映画評論家。「シナリオ」「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄

■公開情報
『犬猿』
テアトル新宿ほか全国公開中
脚本・監督:吉田恵輔
出演:窪田正孝、新井浩文、江上敬子(ニッチェ)、筧美和子
製作:『犬猿』製作委員会
製作プロダクション:スタジオブルー
配給:東京テアトル
(c)2018『犬猿』製作委員会
公式サイト:http://kenen-movie.jp

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