『anone』は何を問いかける? 『Mother』から『カルテット』まで、坂元裕二の作家性の変化
ただ、こういったコミカルなパートはより深い絶望を描くための前フリでしかない。多くの視聴者が驚くのは、チャット相手のカノンに話していたハリカの幼少期の記憶が、施設で受けた辛い虐待を忘れるために自ら捏造したものだったという超展開だ。ここではじめて、リアルなディテールを積み重ねながら、どこかおとぎ話めいたテイストの意図がはっきりとしてくる。
物語にはさらに先があり、実はカノンの正体は紙野彦星という、ハリカと同じ施設で暮らしていた少年だった。正体を隠してハリカに近づき、実は彼女のことを見守っていたのだ。しかしそんな彼女もカノンが余命わずかとわかるのだが、次から次に新しい物語が浮き上がっては、否定される第1話を見ていると、ハリカによって語られる物語はどこまでがホントでどこからが嘘なのかわからなくなってくる。
2015年に大ヒットした映画『シン・ゴジラ』のキャッチコピー「現実VS虚構」ではないが、2011年の東日本大震災以降の日本においては、現実と虚構の関係性は見事に反転しており、今や現実の方が震災やらミサイル発射といった大きな事件で溢れかえっている。AIなどのテクノロジーの発展にしても同様で、かつてはSF映画で展開されていたようなことがどんどん現実化していっている。
そんな中、フィクションの中で露悪的な現実を突きつけても、もはや視聴者には届かない。求められているのは、過酷な現実から自分たちの心を守るためのシェルターとなるような「誰も傷つかない優しい世界」だ。
坂元裕二の『カルテット』が熱狂的に支持されたのは、あるフィクションを通して「誰も傷つかない優しい世界」を用意してくれたからだろう。そんな『カルテット』からの連続性で『anone』を見ると、優しいファンタジーを私たちがなぜ、求めるのか? ということを裏側から描いたように見えた。
今後、坂元裕二がドラマを通して問うてくるのは、私たちにとってのファンタジーは何かということだろう。それはそのまま今の時代にどういう物語が必要なのか? という坂元裕二自身の自問自答だとも言えるだろう。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■放送情報
『anone』
日本テレビ系にて、毎週毎週水曜22:00〜放送
出演:広瀬すず、田中裕子、瑛太、小林聡美、阿部サダヲ、火野正平
脚本:坂元裕二
演出:水田伸生
チーフプロデューサー:西憲彦
プロデューサー:次屋尚
制作協力:ザ・ワークス
製作著作:日本テレビ
(c)日本テレビ
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/anone/