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竹野内豊と麻生久美子、“声”を通した官能的な交わり 『この声をきみに』が描く恋と現実

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 「あの瞬間、僕は4次元空間の迷宮のような君の不思議な空間の中に放り込まれた。鋭敏な言葉をひとつひとつ口にするたびに、僕らはあの空間でねじれてほどけて絡み合った」

 先週放送の第6話での、竹野内豊演じる穂波孝の言葉だ。妻子に愛想をつかされ、生徒たちにも好かれない、嫌われ者の偏屈数学教師が、朗読と仲間たち、そして麻生久美子演じる、朗読教室の講師・江崎京子との出会いによって変わり、最初の頃が想像できないぐらいに、何かに突き動かされるように自分の思いを言葉としてぶつけはじめた。

 穂波が一貫して行っていることは謎への探求だ。幼い頃から自分の心の中の埋められない空洞「ぽっかり」への探究心が、メビウスの輪の謎、さらには数学への探究心に繋がって、他のことには無頓着な現在に繋がっている。その心の「ぽっかり」を一瞬でも満たしてくれた京子の朗読への謎からはじまり、京子と部屋で朗読し合うことで心を交し合った「あの夜」の謎に至るまで、彼は探究心に突き動かされるように、これまで関わろうとしてこなかったことに向き合いはじめる。「もっと知りたい、先生のことを」という、あまりに直截的な恋の発露を示す言葉は、彼の初回から一貫して変わらない探究心が極まったゆえの言葉であるために、違和感なく、なんの衒いもなく受け入れることができるのだ。

 このドラマの「恋」が美しい。5話で眠れない京子が穂波に読ませた、穂村弘・東直子による歌集『回転ドアは、順番に』の短歌に合わせて「これ以上は危険」な夜の観覧車の煌きと冷蔵庫から零れる薄明かりのイメージが、竹野内豊と麻生久美子の声によって、穂波じゃなくてもクラクラしてしまうぐらい密やかで官能的な交わりの表現として京子の殺風景な部屋から立ち表われる。

 続く6話において、まるで一夜を共にしてしまったかのような感覚に戸惑いを隠せない2人の風邪にまつわる内緒話とオノマトペで表現される内心の当惑を示したかと思ったら、今度はアレックス・ゴールト『数学的媚薬』を用いて、戸塚祥太演じる河合が穂波へ恋を仕掛ける。仕掛けられた恋の物語は文末そのまま“もう気ままな関係ではなくなってしまった”穂波と京子の関係を想起させる何かとして穂波の心にすんなりと受け入れられ、その淡い片想いはやんわりと、そこにいるメンバーに受け入れられることで昇華する。穂波の心境の変化に対して、あくまで朗読の講師として「穂波さんが変わったから。その証拠に今の朗読、とてもよかった」と答える京子は、恋に戸惑う男たちと違ってなかなか手強い。

 だがこのドラマが描いているのはロマンティックな恋だけではない。彼らが生きる世界は実にシビアだ。京子の4話での言葉を借りれば、このドラマは、「人と人との繋がり」を信じることに疲れてしまいそうな、このシビアな現実世界を生きていくには繊細で不器用な人々が、「せめて声で繋がることはできる」とすがるような思いで集うような物語なのかもしれない。そして、人の言葉に傷つくどころか、相手を傷つけてしまった自分自身の言葉に傷つき、自分の感情に蓋をしようとしているのが主人公・穂波なのである。

 穂波とミムラ演じる離婚が決まった妻・奈緒とのエピソードは、現代日本の夫婦の問題を浮き彫りにする。穂波は、家事・育児に無関心で、自分は何も手伝いもしない上に妻を責めたて、「夫の声を聞くのも気分が悪くなる」と言われるほど妻を追い詰めた過去がある。4話で、離れて暮らす子供たちと朗読で心を通わせる穂波だったが、これまでずっと父親に対し距離を置いてきた娘が、「私はお母さんの味方でいたい」と母への思いを吐露する。それは日本社会における母親の状況を代弁するであろう言葉であると同時に、和解した父親への戒めも含まれていた。穂波と妻、そして子供たちとの関係は、穂波が自分の間違いに気づき、彼女の苦しさをようやく想像し、子供たちと朗読で心を通わすことができたとしても、彼が話しかける、破れてしまいセロテープで繋ぎ合わせた家族写真、または京子の壊れた時計よろしく、修復不可能だ。

      

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