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長瀬智也が吉岡里帆に伝えた最後の言葉 『ごめん、愛してる』がリメイクされた意味は?

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 日曜ドラマ『ごめん、愛してる』(TBS系)の最終回が放送された。死期迫る律(長瀬智也)は、最後まで母・麗子(大竹しのぶ)に実の息子であることを自ら名乗ることはなかった。

 弟のサトル(坂口健太郎)が養子だという事実を聞いても、律が自分の心臓を譲る意思は変わらない。ドナーになってくれる律に「お礼がしたい」という麗子。律が頼んだのは最初で最後の手料理だった。「たいしたもの作れないわよ」と言いながら手早く調理する麗子は、台所に立つ母の姿そのもの。できあがった卵粥は、律にとって夢にまでみたおふくろの味だったのだろう。口に運ぶと様々な感情が湧き上がって、言葉にならない。喉の奥が詰まったような悲しい表情は、長瀬の演技力が光るシーンだった。

 何から伝えればいいのか。むしろ伝えるべきなのか。伝えたらきっと“もっと生きたくなるじゃねーか“と崩れてしまいそうな律は、そっと家を出る。そして自分が生きた証と言って、撮りためていた動画を全て削除した。

 「母ちゃん……産んでくれてありがとう。生まれ変わっても、また親子になろうな」そう、つぶやきながら歩く律。そして、側にいたいと願う凜華(吉岡里帆)のスマートフォンにも残っていた自分との思い出の写真も消し、凜華の父・恒夫(中村梅雀)によって捨てられたときに添えられた麗子の指輪も海に投げ捨てる。大切な存在を守ることこそが、律の考える愛の形。自分が生きて守れないのであれば、いかに死んで悲しませないようにするか。それが律の行動の主軸にあった。

 人の行動は、自分の心の写し鏡だ。愛された記憶や形が手元にあるほど、いなくなったときに悲しみが増すということを、律は知っている。なぜなら、自分自身が何度も指輪を見ては母の面影を追ってきたからだ。これからを生きる凜華を思えば、自分の愛情の痕跡など悲しみの鎖にしかならない。だが、それでもこらえきれずに出てきた言葉。それが「ごめん、愛してる」だった。

 きっと、それが律の最後の言葉だったのだろう。ドラマ本編では多くは語られず、視聴者の想像に委ねるシーンが続いた。1年後に開催されたサトルの復帰演奏会。「兄に捧げます」と披露したショパンの「別れの曲」に、流れる涙を止めることのできない麗子。「もうひとり息子がいたの」と話すが、律が実の子だったと知ったかどうかまでは語られない。だが、これまでの律とのやり取りを思い出しながら麗子が弾くピアノの音色は、きっと律が安らかに眠れるようにと願いを込めた子守唄なのだと想像ができる。

 一方で、若菜(池脇千鶴)と魚(大智)の家では、変わらぬ日常が繰り広げられていた。若菜が歌う「いぬのおまわりさん」は相変わらず歌詞が間違っていて、それにツッコミを入れるのは律から魚になっていた。その口調もそっくりだ。律の死を知らないふたりは、ずっとその帰りを待っている。その姿を見ていると、死とは“会えない“がずっと続いているだけのことのようにも思える。生きていても会えない人と、死んでしまっても心の中で毎日話しかけてくれる人とでは、どちらが“生きている“存在なのだろう。生きながら死ぬほど孤独だった律が、死に直面して初めてもっと生きたいと思える愛に触れられた。生と死は、私たちが思っているよりもずっと身近だ。

      

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