“ハッピーの悲劇”に視聴者も困惑!? 『やすらぎの郷』整合性のない展開にツッコミ
そして、菊村が「私には何も言えなかった。どうかみなさんも忘れてやってください」とモノローグで語り、この週は終わりを迎える。端的に言って、雑。復讐劇をやりたかったがためだけに、レイプという設定を採り入れたことを白状したようなものだ。その役割は果たしたので、翌週からハッピーはいつものハッピーに戻る。整合性がなく、作劇としてはものすごく雑である。
映画『龍三と七人の子分たち』のように藤竜也の見せ場を作りたいだけなら、または出入りと殺陣をやりたいだけなら、職員の一馬(平野勇樹)が昔の悪い仲間から犯罪加担を迫られるが、断わったためにボコボコにされるというところからスタートしてもいいはずだし、やすらぎの郷の老人男性の誰かがオヤジ狩りに遭うという悲劇でもいいはずだ。第55話では犬山小春(冨士眞奈美)という女優が、誰からも受け入れられてもらえず、悲劇的な飛び降り自殺をしたが、このドラマの中でいわれなき暴力を受けたり、絶望の淵に追い込まれたりするのは、いつも女なのだ。もっとも、これまでの倉本作品にもそういう傾向はあったのだが。
倉本聰の代表作『北の国から』に『'95秘密』というエピソードがある。宮沢りえ演じるシュウという若い女性が、純(吉岡秀隆)と恋に落ちるが、彼女にはAVに出演したという秘密の過去があったというストーリー。シュウがだまされてAVの撮影現場に行ったときのことを涙ながらに語る場面は、せつなくて忘れられない。彼女もある意味、性犯罪の被害者なのだが、この作品では被害者本人が感じた悲しみ、受けた苦しみを表現していたし、脚本・演出がこの問題に向き合っていた。しかし、“ハッピーの悲劇”には、その真摯さが感じられない。その後日談となる第22週で、事件のことなどなかったように振る舞うハッピーは、九条摂子(八千草薫)の死を心から悼んでいない老人たちを「いいかげんにしてください!」と怒鳴るが、レイプされたことについてはそれ以上の怒りを描いてもよかったはずだ。
筆者にとって、第20週までの『やすらぎの郷』は、ところどころ女性描写に疑問はあれど、ハイレベルでエキサイティングなドラマだった。2017年の年間ベスト10を挙げろと言われたら、間違いなくトップ5には入っただろう。しかし、出来心でやったとしか思えない第20週の存在によってベストどころかワースト候補になってしまった。一度、失望すると、「さすが倉本聰」とリスペクトしていた気持ちよりも「やっぱり倉本聰か」という気持ちの方が勝ってしまう。劇中で菊村らの言葉を借りて、現在の安易なドラマ作りを批判してきた倉本聰だが、結局はみずからも安易な脚本を書くことがあると露わしてしまった。
第62話では、終戦記念日に放送されるスペシャルドラマの台本を読んだ菊村が、戦後生まれの脚本家が描いた話に「唖然と」し、「あの時代を生きた若者たちの切羽詰まったどうしようもない感情とまったくかけ離れた絵空事のお話」であることに絶望して涙するのだが、はからずもこのくだりがブーメランになってしまったように思える。性犯罪被害の深刻さを分かっていない人が安易にレイプを描くと、「(レイプされた)事件を恥じたハッピーが」、「忘れて女は“女”になっていくのよ」などと、実際の被害者には絶対に向けてはいけない言葉のオンパレードとなってしまうのだった。忘れなさいって言ったって、忘れられるわけないでしょ!
■小田慶子
ライター/編集。「週刊ザテレビジョン」などの編集部を経てフリーランスに。雑誌で日本のドラマ、映画を中心にインタビュー記事などを担当。映画のオフィシャルライターを務めることも。女性の生き方やジェンダーに関する記事も執筆。
■放送情報
『やすらぎの郷』
テレビ朝日にて、毎週月〜金曜日 12:30〜12:50放送
出演:石坂浩二、浅丘ルリ子、有馬稲子、加賀まりこ、草刈民代、五月みどり、常盤貴子、名高達男、野際陽子、藤竜也、風吹ジュン、松岡茉優、ミッキー・カーチス、八千草薫、山本圭、上條恒彦、清野菜名
作:倉本聰
公式サイト:http://www.tv-asahi.co.jp/yasuraginosato/