“大監督”クリストファー・ノーランの作家性ーー映像作家と劇作家、ふたつの側面から徹底考察

映像作家&劇作家としてのノーラン

 弟のジョナサン・ノーランのアイディアを基にしてクリストファー・ノーランが脚本を書いた『メメント』では、各シークエンスを逆の時系列順に並べていくという特異な趣向になっているが、それを娯楽作品として成立させるように、観客にしっかりと状況を理解させながら構成していくという、極めて面倒くさい作業を完成させた粘着的な努力というのは、ある意味で感動的ですらある。普通の人間は、仮にこのアイディアを思いついたとしても、かたちにする前に投げ出してしまうだろう。

 クリストファー・ノーランが単独で創造した『インセプション』は、さらに飛躍的に面倒くさい作品である。夢というのは、非論理的な「何でもあり」の世界だとして描かれることがほとんどだが、クリストファー・ノーランは、そこに現実世界と同等の論理性を持ち込み、夢の中を秩序立った世界として新たに定義し直すという試みを達成している。さらに、「夢の中の夢」、「夢の中の夢の中の夢」、「夢の中の夢の中の夢の中の夢」と、階層化された夢の世界を、おのおの同時に進行させ、それぞれに流れる時間感覚の違いを利用しながら、気が狂いそうになるような複雑な迷宮を作り出したのである。そして、この世界観をしっかりと構築することで、映画を見ている観客の現実感覚すら揺るがしていく。このような試みは、それが誰もやらないような面倒くさい領域に踏み込んでいるからこそ、観客に新しい体験を提供することになるのである。

 宇宙の深遠な世界に挑戦した『インターステラー』では、ブラックホール理論や、膜宇宙理論という、多くの人々にとってちんぷんかんぷんな、新しい理論物理学を、極めて分かりやすく描き、ブラックホールからエネルギーを取り出す方法や、重力が次元の間を移動することができるという仮説などを、信じがたいことにエモーショナルな物語のなかに組み込むという、非常にアクロバティックな試みを達成している。『インセプション』とともに、ここまで複雑な内容を、娯楽映画のなかで分かりやすく描ききったというのは、前人未踏の離れ業である。ここに至って、クリストファー・ノーランという才能が、映画界にとって唯一無二であることが理解できるだろう。

『プレステージ(2006)』(C) Touchstone Pictures. All rights reserved.

 しかし、この情熱と粘着的な努力というのはどこから来るのだろうか。弟のジョナサン・ノーランと共同で脚本を書いた監督作『プレステージ』では、2人の若き奇術師が、東洋の一流の奇術師の舞台を見に行く場面がある。2人は、その男が舞台を降りた後、脚が悪そうにゆっくりと歩いているのを観察して、「あれは演技だ」と見解を述べる。普段から脚が悪い人間を演じることで、奇術を行う際に、観客に先入観を植え付け有利に進めることができるというのである。そして彼らは、「常に脚が悪い演技をするなんて、人生を犠牲にするような行為だが、そこまでやってこそ偉業を成し遂げられるんだ」と言って感心する。

 この箇所は、ノーラン監督の作品づくりに対する考え方が投影されているように思える。悪魔に魂を売ってこそ、誰も達成できない偉業を成し遂げられる。狂気に身をさらし、あらゆるものを代償にしてこそ、到達できる境地がある。ノーラン監督は、そのようなアプローチを、自分の人生のなかで真面目に実践しているのではないだろうか。

 『ダークナイト』でヒース・レジャーが演じた、バットマンの宿敵ジョーカーは、苦心してかき集めた札束の山を自ら燃やし、人々の奥底に隠されている狂気をつかみ出すことに執心する狂人として描かれている。その姿はまた、真摯に努力して狂気を獲得しようとする、ノーラン監督自身の真面目な態度の投影であるように思える。クリストファー・ノーラン監督は、未踏の地へ踏み出すために、真面目に狂おうとする情熱を持った、真摯な映画監督なのである。

劇場新作『ダンケルク』公開記念 新時代の巨匠クリストファー・ノーランの世界

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■放送情報
劇場新作『ダンケルク』公開記念
「新時代の巨匠クリストファー・ノーランの世界」

【STAR1 プレミアム 字幕版】
9月2日(土)& 9月9日(土)2週間連続 一挙放送
9月4日(月)~ 9月12日(火)平日 よる8時頃~ 連日放送

【STAR3 吹替専門 吹替版】
9月3日(日)& 9月10日(日)2週間連続 一挙放送
9月18日(祝・月)~ 9月26日(火)月曜~金曜 よる8時30分頃~ 連日放送

【放送作品(全7作)】
『インターステラー』 (C) Warner Bros. Entertainment Inc.
『バットマン ビギンズ』 (C) Patalex III Productions Limited
『ダークナイト』(C) Warner Bros. Entertainment Inc.
『ダークナイト ライジング』(C) Warner Bros. Entertainment Inc.
『インセプション』(C) Warner Bros. Entertainment Inc. and Legendary Pictures
『プレステージ(2006)』(C) Touchstone Pictures. All rights reserved.
『メメント』(C) 2000 I REMEMBER PRODUCTIONS, LLC

【関連特別番組】
『超入門!クリストファー・ノーランの世界』
クリストファー・ノーラン監督の独占インタビューとともに各作品の見どころを徹底解説。

公式サイト(スターチャンネル):http://star-ch.jp/nolan/

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