速水健朗の『ワイルド・スピード ICE BREAK』評:シリーズの核心は“バーベキュー”にある

BBQ映画としての『ワイルド・スピード』

 さて、サイファーの側。ハッカーという存在は、政治思想的にリバタリアンである。リバタリアニズム(自由史上主義)は、小さい政府主義志向であり、再分配よりも競争原理の方が社会をよくすると信じる思想だ。経済格差はむしろ善である、時には利他主義はむしろ社会を悪くする、なんて主張は極めてリバタリアン的な物言いだ。

 ハッカーも基本的には、リバタリアンとしての行動原理を持つ存在だが、もっと先進的でもある。ハッカーには、すべての情報は自由になるべきという倫理感が存在する。

 映画には、サイファーの思想背景は描かれないが、彼女は、人類を支配しようとして「電磁パルス砲」を手に入れたのではなく、テクノロジー兵器を独占する国家に対抗していたりするのだろう。そう考えると、特に彼女が人道にもとるヤバい奴とは思えなくなるかもしれない(映画での描写だけだとヤバい奴だ)。

 『ワイルド・スピード ICE BREAK』を政治思想的に観ると、コミュニタリアンとリバタリアンの対決であり、これを食の傾向で見るなら、バーベキュー・ピープルVSピザとコーラ・ピープルでもある。

 捕捉しておくが、単にドムが仲間を大事にするからコミュニタリアンだといっているわけではない。自分を殺そうとしたギャングでも、改造車を愛する同胞と感じるキューバ人には情けをかける一方、ハッカーの側の部下の男(ハリウッド映画での文法では、殺しまではしないだろうくらいのキャラ)="他者"は冷淡に殺す。この辺の敵味方の分け方、その対処方がくっきり別れる辺りが、これまでの主人公とは違う部分なのだ。

 そして、シリーズの醍醐味は、世界に平和がもたらされることによって生じる大団円にあるわけではない。ドムとその仲間たちという"ファミリー""共同体"に平和なときが訪れることでもたらされる瞬間に至福が訪れる。最新作でも、どこのタイミングかは秘密だが、バーベキューシーンはもちろん存在する。僕自身は、バーベキューが苦手だが、この映画のバーベキューシーンは本当に好きだ。仲間であることを再確認し、祈りを捧げ、食欲を満たす。ビールも美味そうだ。シリーズを通して、何度も何度も描かれてきた。僕にとって、このシリーズは、その場面を確認する作業にもなってきている。

 東浩紀の新刊『ゲンロン0 観光客の哲学』では、他者への寛容を旨とするリベラリズムが影響力を失った現代において「リバタリアニズムとコミュニタリアニズムだけが残されている」のだと指摘されていた。『ワイルド・スピード ICE BREAK』的な敵対構図は、現代社会の構図とも重なるのだ。

「リベラルは普遍的な正義を信じる。コミュニタリアンはそんな正義は信じない。それだけである」、上記の本から引用したこの一節は、ワイスピシリーズを通して語られるドムの行動原理とこれまでの勧善懲悪的なヒーローの違いを示しているかのようだ。
 
 このワイスピのシリーズが世界的にヒットしている理由のひとつに、主人公ドムのコミュニタリアニズム的なヒーロー像という側面があるのではないか。ワイスピには、アメリカ映画にたくさん登場してきたアメリカンヒーローが代表してきたような正義も、星条旗、自由のような理念(ここでは「リベラリズム」の意味で)も見当たらない。

 やもすると地元密着型のマイルドヤンキーのような存在になりがちなコミュニタリアニズム的な人物が世界を股にかけて自由に暴れる。そして彼らは、今作から白人抜きのグループになった。日本車もたくさん登場している。これらの設定は、どれもかつてない斬新なものではないか。

 この映画のファンは、もはやクルマ好きにとどまっていない。いってみれば、彼らはドムが主催するバーベキューに誘われてみたい、そんな人々である。バーベキューが体現する世界のすべてが詰まっている映画。そういってしまうと、バーベキュー嫌いな日本のネット・ピープルとは相性が悪そうな気がする。だけど、僕のようなバーベキューの良さがわかっていない人間こそ持つ、遠くからの憧れということもあるだろう。誘われたら行くし誘って欲しい、ドムになら。助手席に乗るのは勘弁だけど。

■速水健朗
1973年生まれ。雑誌編集者を経てライターに。著書『タイアップの歌謡史』『1995年』『フード左翼とフード右翼』『東京β』『東京どこに住む?』ほか。ラジオ番組『速水健朗のクロノス・フライデー』(TFM)などのパーソナリティーのほか、テレビのコメンテーターとしても活躍中。

■公開情報
『ワイルド・スピード ICE BREAK』
全国公開中
監督:F・ゲイリー・グレイ
脚本:クリス・モーガン
製作:ニール・H・モリッツ
出演:ヴィン・ディーゼル、ドウェイン・ジョンソン、ジェイソン・ステイサム、ミシェル・ロドリゲス、タイリース・ギブソン、クリス・リュダクリス・ブリッジズ、ナタリー・エマニュエル、エルサ・パタキー、カート・ラッセル、シャーリーズ・セロン、スコット・イーストウッド、ヘレン・ミレン
原題:「Fast & Furious 8」
(c)Universal Pictures
公式サイト:http://wildspeed-official.jp/

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