宮台真司×富田克也×相澤虎之助 特別鼎談「正義から享楽へ 空族の向かう場所」

宮台真司×富田克也×相澤虎之助鼎談

空族が生み出す“サーガ”

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『バンコクナイツ』より

宮台:僕がちょっと驚いたのは、『国道20号線』や『サウダーヂ』は単発作品として作られてると思っていたのが、「東南アジア三部作」からスピンアウトした一連の作品だと感じさせられたことです。「東南アジア三部作」を「アジア裏経済三部作」というふうにも仰言っておられたけど、スピンアウト作品を含め、まさに〈世界〉そのものであるような巨大物語、“サーガ”です。そうした、見えない“サーガ”が、お二人の間で共有されているんだ、と感じさせられたことが、やはりすごく驚きなんですよ。そんな映画作家たちを最近一人も知らないし、遡ってもあんまり思い浮かばないからです。いったい、どうやって、お二人はその“サーガ”を共有しておられるんですか?

富田:20年ぐらい一緒にやってきた、長い時間を共にしたっていうことが一番の要因でしょうか。

相澤:富田君も僕も中上健次さんが元々好きだったという一つの共通項はあります。別にそれを意識していた訳ではないですけど。僕達の作品に“サーガ”を感じていただけるのは、自分たちが重ねた年齢と共に登場するキャラクターにも、その肉付けをしていくという部分があるからかもしれません。『国道20号線』にもオザワという人物が出てくるんですが、タイに想いを馳せてる闇金の男っていうキャラクターで。このオザワとは別人物という設定ではありますが、それが『バンコクナ イツ』のオザワにも月日と共に肉付けされているというか、20年ぐらいの僕らの付き合いの中で、キャラクターができているという部分ですかね。

宮台:僕がお二人を好きなのは、“サーガ”を通じて昨今の社会に「不快だ」と突きつけているから。社会を評価するとき、「正しい/正しくない」という軸を使う人と「気に食う/気に食わない」つまり「痛快/不快」の軸を使う人がいます。お 二人は共通して「正しいけれど、つまらない社会」にNOを突きつけ、「正しくないけれど、痛快な社会」を肯定していて、素晴らしい。それが奇しくも時代にシンクロする。2016年米国大統領選の「トランプ騒動」が象徴することです。リベラルなヒラリーは「正しさ」を訴えているけど、トランプは「正しさ(ポリティカル・コレクトネス)などクソくらえ! 気に食わねえんだ」と言い放つ。これは、僕がかつて援交少女を発見し、「正しさ」を主張する連中から擁護しようと思ったのと、同じです。

 僕は公式にはいろんな番組で「正しさ」よりも「痛快さ」に引かれる傾向を〈感情の劣化〉として罵ってきたけれど、本音は違う。理論的にはこうなる。「正しさ」にコミットすることが「享楽」をもたらす社会がかつて存在した。前提は「共同体感覚」の存在だ。仲間を痛めつける「正しくない」ヤツをぶち殺すことが「享楽」になるからだ。共同体感覚は今はもうない。

 共同体感覚が消えれば、「自分さえ良ければ良い」となる。だから「あんなヤツらを助けるなら、オレを助けろ」となって、「正しくないが、痛快な社会」を欲望するようになる。実は、僕自身の感情の動きがそうなっている。トランプ支持者の、 とりわけシリコンバレー系の連中−−新反動主義者 neo reactionalis−−の気持ちは、僕にはめちゃくちゃよく分かるんだ。

 今後を言えば、リベラルが「正しいけれど、つまらない」というイメージを払拭できない限り、どんなに正しいことを言っても「正しくないけれど、痛快」に惹かれるアンチ・リベラルに永久に負け続ける。それを弁えてこそ“真のリベラル”だ。風俗を語るイベントに現役デリヘル嬢を呼んだだけで「正しくない」と噴き上がった“自称リベラル”がいるけど、こういう輩がウヨ豚を増産してきました。『バンコクナイツ』では、社会的腐敗や、裏経済や、それゆえに売春で働く少女らが、描かれている。「正しいか、正しくないか」という感受性にも訴える面があるけれど、やっぱり「気に食うか、 気に食わないか」という感受性が圧倒的に前面に出ている。だから「まさに映画だ! 映画はこれじゃなきゃ!」と思いました。ここにいる観客の皆さんもそう思われたはずだ。

 思えば、かつて歌舞伎町にはアジアと繫がる痕跡が沢山残っていたけれど、「見たいものしか見ない新住民」と結託した、映画でいう「クソ石原」と「クソ橋本」のせいで、店舗風俗が一掃されました。“そこだけ”見れば、搾取される女の子はいなくなったけど、結局は“そこだけ”の話。で、「そんな話は気に食わねぇ」っていう不快感が映画には溢れている。同感だよ。

 ちなみに、店舗風俗を消去したところで、風俗市場の規模は変わりゃしない。だから、全てが派遣風俗に流れるだけ。派遣風俗は、店舗風俗と違って地回りヤクザに守られないから、風俗嬢が生本番競争による性感染症と、暴力の餌食になる。そうなるだろうってことは、バカじゃなけりゃ分かるはず。「見たいものしか見ない」クソ新住民に、政治が加担しちゃダメだよ。かつて“都市”と呼ばれた場所には、「見たくないものを見ない」で「正しいか正しくないか」を議論するクソ新住民の、能天気さを暴き出す穴や仕掛けが、よく見ると、いや、よく見なくても存在していた。1990年前後にバックパッカーとしてアジアの諸都市を巡ったとき、“都市”とは光と闇の織り成す綾だな、と実感しました。相澤さんもそうだっただろうと思います。

 今は、闇が消えていく。闇が消えていくことを〈安心と安全〉を理由に擁護する輩が、すでに量産されている。そんな輩のせいで〈渾沌と眩暈〉の最後の残り火さえもが消えていく。僕は、そういう輩を〈クソ野郎〉と呼び、〈クソ野郎〉が溢れる社会を〈クソ社会〉と呼んできました。ほら、映画のセリフと同じ用語系でしょ(笑)。

 といった次第で、〈クソ社会〉を告発する感受性を、今回の2作品にも強く感じました。それで、僕はますます「空族に全面的に連帯するぞ!」という感じなのですが、もしかして、かえってご迷惑ですか?

相澤:そんなことないですよ(笑)。

富田:まさにそれだ! それしかないって我々も思ってるんです。興奮してきちゃいました(笑)。

相澤:俺たちが社会に対して、気に食わなかったっていうものをぶつけてきたというのが正直なところですね。

富田:ずっと作り続けて、その一番気に食わないものの反映の頂点として、『バンコクナイツ』を観ていただけたらなと。

『バンコクナイツ』予告編

(構成=橋川良寛)

掲載タイトル一覧

『リップ・ヴァン・ウィンクルの花嫁』
『クリーピー 偽りの隣人』
『バケモノの子』
『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』
『野火』
『日本のいちばん長い日』
『ドローン・オブ・ウォー』
『岸辺の旅』
『恋人たち』
『アレノ』
『起終点駅 ターミナル』
『FAKE』
『カルテル・ランド』
『LOVE【3D】』
『さざなみ』
『キム・ギドク Blu-ray BOX 初期編』
『二重生活』
『シリア・モナムール』
『シン・ゴジラ』
『ニュースの真相』

■宮台真司×中森明夫 『正義から享楽へ』刊行記念トークショー
日時:2月20日(月)OPEN 19:00 / START 19:30
場所:LOFT9 Shibuya
予約:2,000円 / 当日:2,300円(税込・ 要1オーダー500円以上)
メール予約受付中(ご入場は整理番号順となります)
チケット予約はこちらから:http://www.loft-prj.co.jp/schedule/reserve?event_id=58342

■書籍情報
『正義から享楽へー映画は近代の幻を暴くー』
著者:宮台真司
定価:1800円+税
ISBN-10:4773405023/ISBN-13:978-4773405026
仕様:四六判/392ページ/ソフトカバー
発行:株式会社blueprint
発売:垣内出版

■公開情報
『バンコクナイツ』
2月25日(土)テアトル新宿ほか全国順次公開
監督:富田克也
脚本:相澤虎之助、富田克也
出演:スベンジャ・ポンコン、スナン・プーウィセット、チュティパー・ポンピアン、タンヤラット・コンプ ー、サリンヤー・ヨンサワット、伊藤仁、川瀬陽太、田我流、富田克也
製作:空族、FLYING PILLOW FILMS、トリクスタ、LES FILMS DE L'ETRANGER、BANGKOK PLANNING、LAO ART MEDIA
配給:空族
2016年/日本・フランス・タイ・ラオス/182分/DCP
(c)Bangkok Nites Partners 2016
公式サイト:www.bangkok-nites.asia

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