宮台真司×富田克也×相澤虎之助 特別鼎談「正義から享楽へ 空族の向かう場所」

宮台真司×富田克也×相澤虎之助鼎談

「見たいものしか見ない」徹底した排除の上に成り立つ空想

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『バンコクナイツ』より

宮台:その頃、つまり2007年に、僕もお二人と知り合いました。今日の上映作2本を観ると、1996年と2012年に撮られたものです。16年の月日があるのに、相澤監督のコンセプトが完全に一貫していることに驚かされます。同時に、富田監督の『国道20号線』や2014年作品『サウダーヂ』などに流れているテイストとも、シンクロしているんだなあ、と。

 出会いの経緯を伺って、僕なりに腑に落ちました。相澤監督が『花物語バビロン』の上映と合わせて分厚いレジュメを配られていたというエピソードも、相澤監督が映画を“観る”体験の大きさをゴダールのように自覚しておられたことが分かります。これに関連するゴダールの言葉は「政治的な映画を撮るのではなく、映画を政治的に撮るのだ」でしたね。

 僕の大学院ゼミでは“フィジオクラティック”な思考を主題にしています。“重農主義的”と訳されていますが、起点に理不尽な〈贈与〉や〈剝奪〉があり、その後に〈交換〉からなる呑気なマーケットやコミュニケーションが展開するという発想です。映画が描くブローカー取引も都市的コミュニケーションも、起点にある理不尽な〈贈与〉と〈剝奪〉の歴史の上に成り立っています。『花物語』の90年代半ばの新宿や東南アジアには、理不尽な歴史に思いを馳せることができる痕跡がまだあった。それが、2012年の『バビロン2 THE OZAWA』までの20年弱で消え、どこもかしこもフラットな現実になり下がりました。その経過を相澤監督が“身体的”に捉えたことが『花物語バビロン』を観た富田監督の映画作りに影響を与えたように感じます。

 具体的には、富田監督の、“何か抗いがたい巨大な動きを背景にした、ドキュメンタリーフィルムのようなフィクション”の感覚へと継承されたように思います。この僕の解釈はどうですか?

相澤:富田君とは単純に会った瞬間から仲良くなった感じなんです。僕の記憶では、最初はあまり映画の話とかをしなかったと思います。一緒に遊んだり、色んなところに行ったり、仲間と一緒に話し合ったりしていく中で、空族というものができていった。だから、映画を“観る”感覚がかなり似ていたんじゃないかっていうのはあると思います。

富田:僕は身の回りにいる友人たちにカメラを向け始めたのが、映画作りの始まりでした。それと中上健次の小説や、柳町光男監督の作品が好きで、その影響がもろに出ているのが『雲の上』でした。初めて虎ちゃんと共作という形で作った『国道20号線』も、身近な友人たちが出演しています。僕の中では、彼等の“生活”にカメラを向けるというシンプルなものであり、その“背景”を捉えるという意識はさほどなかったんです。でも、宮台さんがおっしゃったように、「相澤視点」というものが自然とセッティングされている感がある。『花物語バビロン』を初めて観たときに、虎ちゃんが言っていた一言が今もずっと残っています。「それを歴史は許さない」っていうキャッチコピーみたいな、映画の中で言っていた一言で。豊かになった日本の若者たちが自分探しとか言って、バックパッカーとして東南アジアなんかを旅する。で、よその国を見に行って自分を見つけて帰ってきましたと。「お前いい加減にしろよ」と。そこにはお前の知らない歴史があって、踏みにじられた人々の上に、我々の豊かな“自分探し”があるのだ、ということを突きつけられた。当時はまだ僕も正直言ってピンと来てなかったんです。でも、徐々にそれが理解できるようになっていって、『国道20号線』を作るようになったとき、虎ちゃんが言っていた視点がようやく意識として出てきたのかなと。『国道20号線』を観ていただくと、最新作の『バンコクナイツ』に繫がるタイの話がスッと差し込まれたりしています。『国道20号線』『サウダーヂ』、そしてアジア裏経済三部作『バンコクナイツ』を作る中で、僕の方も意識がそういうところに至ったのかなと。

宮台:『バビロン2 THE OZAWA』には新宿が出てきます。新宿とカンボジアそしてベトナムが繫がっているという設定。セリフで言えば、今は「何もなくなっちゃって痕跡が消えて」いる。「石原(慎太郎)と橋本(徹)のクソが(痕跡を消した)」 ともね。全くその通り。クソ野郎たちが痕跡を消していき、そのプロセスを頭の悪いクソどもが応援したんだ。

 さっきの“フィジオクラシー”で言えば、若者 の「自分探し」は、起点の残酷な〈剝奪〉の上に辛うじて成り立つ「あぶく」に過ぎない。だから「それを歴史は許さない」わけだ。同じことで、先進社会の近代的構成に見えるものは、「見たいものしか見ない」徹底した排除の上に成り立つ空想に過ぎない。「そのことが忘れられているぞ」と映画が告げ知らせているんですね。

 この告げ知らせは、最新作『バンコクナイツ』にも響き渡っています。『バンコクナイツ』は、主人公を富田監督ご自身が演じておられますが、思い返してみると、最初の『花物語バビロン』の主人公に、どこか風情が似ていますね。

相澤:『バビロン2』で富田君が演じた役もオザワで。

富田:『バンコクナイツ』もオザワです。そういう繫がりで出来上がっています。空族はそういう形でずっと作ってきたんで、全ての作品がどっかで繫がっていて。“サーガ”っていうと格好良いですけど。同じ名前の登場人物がいても、演者は別の人がやったりとか、はたまた同じ演者でも、違う名前の役で出ていたりとか、自然とパラレルワールドみたいになっていきました。

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