『ローグ・ワン』が描く、無名者たちの墓碑銘ーー原題に込められた意味を読む

荻野洋一の『ローグ・ワン』評

 エピソード4の中で、全員犠牲となってデス・スターの設計図を盗み出してくれた者たちの遺志に、われわれは報いなければならない、といった趣旨の台詞があった以上、観客はこの『ローグ・ワン』の主人公グループが全員、作戦の完遂と引き換えに命を落とすということを、あらかじめ知った状態で見ている。すでに現存しないフォースを仏教の念仏のごとく唱えながら、ジェダイ気分で活躍しようと悲愴な気合を入れるチアルート・イムウェは感動的だ。彼は次のような念仏をくり返し唱えているのだ。

“I’m one with the Force. And the Force is with me.”

 「我、フォースと共にある者なり。そしてフォースは我と共にあり」。——第一人称「I」をフォースに接続し、またフォースを「me」という第一人称に寄り添わせるこのダブルバインドの同文反復は、包み込まれたいという祈念の深さを表す。持たざる者が理念として内面化していくものとしてのフォース。それはフォースの内面化であると同時に、拡散化である。このジェダイ騎士のこのフォースが強いとか弱いとか、良い面とか暗黒面とか、もはやそういう個々のフォースは捨象されてしまい、念仏者の胸の中でただただ複数化されていくのだ。浄土宗の開祖、法然上人に次のような和歌がある。

月影の 至らぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ

 念仏と共に散りぢりに拡散したフォースが、月影のごとく人々の胸に去来していき、棲みついていく。無名な、無力な人々が希望を抱くためには、じっさいにフォースを得意になって駆使する必要はない。フォースに守られているはずという信仰と共に善行に励めば、極楽浄土に達することができる。チアルート・イムウェはそうみずからに言い聞かせているのだろう。彼は無名な一人の僧侶に過ぎず、一人の戦死者に過ぎない。

20161202-RogueOne-thumb-950x633-42169.jpg

 

 ローグ・ワンは死しても、ローグ・トゥ、ローグ・スリーと複数化され、継承されるべきものである。(ネタバレは最小限に留めるが)本作で無名な英雄たちが死ぬたびに、一人一人の臨終した死体のカットをワンカットずつ、ギャレス・エドワーズはインサートしていく。これはまあ追悼カットなのだが、これを見て、私は甄子丹(ドニー・イェン)主演、陳徳森(テディ・チャン)監督の香港・中国合作アクション『孫文の義士団』(2009)を思い出した。日本に亡命中の革命家・孫文(1866-1925)が香港入りして同志と会合をもつわずか数時間のあいだ、清朝の暗殺団から孫文を守るというミッションだけのために集められた決死の義士団が、バタバタと死んでいくたびに、オマージュを捧げるような死体のワンカットが挿入され、あまつさえ丁寧にも、スーパーで氏名と出身の省と街が記載される。

 私は、ローグ・ワンとは、孫文の義士団だと思っている。たった一つのミッションのために集まったプロフェッショナルが、みずからの命と引き換えにミッションを完遂させていく。そこには、革命に対する熱い思いが込められている。彼らは死ぬ。でもそれは犬死にではない。大義のために死ぬからである。そしてまた、彼らは知っているのだ。彼らを継承して、彼らの仕事の続きをやってくれる者たちが現れてくれることを。孫文の義士団とは一回限りのものではない。Rogue One, Two, Three, Four,……と反復され、複数化される。

 それは大島渚監督の静止画アニメ作品『忍者武芸帳』(1967)における、全国の農民一揆を指導し、階級社会の転覆を図った影丸にも通じる精神である。曰く、影丸は死んだ。しかし、影丸は死んでいない。第二第三の影丸が現れるのだ。「わしが死ねば、その後を継ぐ者が必ず出る。敗れても人々は目的に向かい、多くの人が平等に幸せになる日まで戦うのだ。」

 ローグ・ワンとは、孫文の義士団であり、影丸の農民一揆であり、革命の理想の名のもとに倒れていく無名者たちの墓碑銘のことである。それは一つの個体の死によって終わるものではないのである。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』
全国公開中
監督:ギャレス・エドワーズ
製作:キャスリーン・ケネディ
出演:フェリシティ・ジョーンズ、ディエゴ・ルナ、ベン・メンデルソーン、ドニー・イェン、チアン・ウェン、フォレスト・ウィテカー、マッツ・ミケルセン、アラン・テュディック、リズ・アーメッド
原題:ROGUE ONE A STAR WARS STORY
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)2016 Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.
公式サイト:http://starwars.disney.co.jp/movie/r1

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる