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荻野洋一の『ヒッチコック/トリュフォー』評:作家主義への誇りを再確認させるドキュメンタリー

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 「映画は芸術ではなく、娯楽である」というのは、よく言われる主張だ。芸術愛好のいやみを否定し、映画が庶民のものであるという高らかな宣言。百年一日のごとくくり返されてきた主張である。私自身それに賛同することはやぶさかではない。

 しかしながら、この庶民派アジテータの宣言は、残念ではあるが決定的に間違っているのだ。なぜならば、娯楽映画の最高峰に君臨する映画監督アルフレッド・ヒッチコック(1899-1980)がなしえたことは、まさに最高の娯楽にして、最高の芸術でもあったからである。この2つの事象を対立項として考えてしまう私たちこそ硬直した思考の持ち主であり、そういう意味では「映画は芸術ではなく、娯楽である」という、これ見よがしの宣言は、逆に権威的なものになってしまう。

 イギリス出身の映画監督アルフレッド・ヒッチコック(1899-1980)、そしてフランスの映画監督であり批評家のフランソワ・トリュフォー(1932-1984)。映画の神に祝福されたこの2人の才能によって作りあげられたインタビュー集『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』。1966年に出版され、日本では1981年に晶文社から出たこの大著は、世界中の映画志望者、映画学科の学生に影響を与え、今なお映画志望の若者のバイブルになっている。

 トリュフォーがヒッチコックに会ってインタビューした時の膨大な録音テープをもとに、現代の映画監督たちの証言インタビューや、写真やカメラテストの素材を織り込んで一本のドキュメンタリー映画に仕上げたのが、ケント・ジョーンズ監督『ヒッチコック/トリュフォー』だ。このドキュメンタリーのために招かれた現代の監督たちの人選が、じつにすばらしい。最近作または代表作と共に彼らの名前を挙げると、デヴィッド・フィンチャー(『ゴーン・ガール』)、ウェス・アンダーソン(『グランド・ブダペスト・ホテル』)、ジェームズ・グレイ(『エヴァの告白』)、ポール・シュレイダー(『キャット・ピープル』)、オリヴィエ・アサイヤス(『アクトレス〜女たちの舞台〜』)、ピーター・ボグダノヴィッチ(『マイ・ファニー・レディ』)、マーティン・スコセッシ(『沈黙ーサイレンスー』)、黒沢清(『ダゲレオタイプの女』)、アルノー・デプレシャン(『あの頃エッフェル塔の下で』)、リチャード・リンクレイター(『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』)の10人である。

Anderson.jpgウェス・アンダーソン

P・ボグダノヴィッチ「ヒッチコックの正当な評価は、この本のおかげだ。みんな、まじめに彼の映画を見るようになった」

M・スコセッシ「当時の一般的な常識というか、風潮からすれば、(ヒッチコックの映画は)不まじめに見えたのだろう。シリアスな映画ではなかった。でもだから革命的だったのだ」

 1962年、デビューしたての若き映画作家トリュフォーは自分の監督作『突然炎のごとく』のプロモーションのためにニューヨークを訪問する。そこで彼は、ある非常なるショックを受ける。「ニューヨークで私は“尊敬する監督は?”と質問されて、“ヒッチコック”と答えると、誰もが驚いたものです」。“ヒッチコック”という答えを聞いたインタビューアは「ご冗談でしょう?」とすげもなく言ったそうである。この体験に憤りを覚えたトリュフォーは、ヒッチコックに手紙を書いた。「ヒッチコック映画のすべてを語ってください。世界最高の映画作家の全仕事について」。ヒッチコックは返事を出す。「親愛なるトリュフォー殿。うれしくて涙が出た。感謝をこめて」。こうして、映画史にその名を刻む長大なインタビューが、ハリウッドのユニバーサル撮影所の一室で始まったのだ。

 こうして2016年の師走になって、不意に「作家主義」がおのれのホコリを振り払って復活する。「作家主義」とは、フランス映画雑誌「カイエ・デュ・シネマ」が1950年代にとなえた有名なイデオロギーだ。かんたんに言えば、映画監督も、画家や彫刻家や小説家、詩人と同じように「オートゥール(作家)」であるという宣言である。本作ナレーション「カイエ誌の批評家はオートゥール(作家)を称揚した。キャメラで書くオートゥール(作家)が真の映画芸術の創造者だと」。トリュフォー自身も述べる。「作家主義とは、映画作家の完璧な個人崇拝です。ヒッチコックにだって駄作はあるが、ジャン・ドラノワの最高傑作よりすばらしいのです。オートゥール(作家)の刻印があるからです」。

 フランソワ・トリュフォーはフランスのヌーヴェル・ヴァーグを代表する映画作家だ。ジャン=リュック・ゴダールやトリュフォー、エリック・ロメールらヌーヴェル・ヴァーグの映画作家たちはみな、監督になる前に「カイエ・デュ・シネマ」で映画批評を書いていた。今なお刊行が続く映画雑誌「カイエ・デュ・シネマ」。彼らが1950年代に標榜し、世界に影響を与えたのが「作家主義」である。

 しかし昨今さまざまな場所で、「作家主義」は、現代にそぐわないと否定されてきた。「映画は監督だけのものではない」「映画は脚本や撮影、照明、キャストなど、さまざまな分野のプロが集結して作りあげる集団芸術である」という主張によって反論が加えられる。しかし監督中心主義を否定し、脚本家やカメラマンも作者の一員であると宣言したとしても、それもまた細分化された「作家主義」への包摂なのだ。つまり、「作家主義」=監督第一主義を否定する脚本家やカメラマンは、じつは「作家主義」の果実を俺にもよこせと言っているのである。

 また、「作家主義」は一部の選ばれた特権的な監督たちにのみ適用され、それ以外の監督たちが無視されたことから、ブランド志向だ、グルメ趣味だと揶揄されることがある。そうした「作家主義」否定論は、B級映画マニアや「おバカ映画」マニアのあいだに根強い。しかし、それは適用の範囲の問題に過ぎず、つまり「作家主義」の思考は生まれてから60年も経過したというのに、ルサンチマンによって延々と否定されてきたものの、論理的に否定されたことはない。論破されたことが、いまだかつてないのである。

 ここで、「作家主義」をめぐって、よくある感情的な誤解を解いておこう。まず、監督中心主義、監督への個人崇拝について。これは先述のごとくトリュフォー自身が認めている。それを、脚本家やカメラマンといった職種の人々がジェラシーで噛みつくのは正当なことであるが、しかし彼らもまた「作家主義」の一部をなしてもいるということ。

KKurosawa.jpg黒沢清

 もうひとつの誤解。「作家主義」によって称揚された映画監督たちが、選ばれしエリートであるという批判だ。よく日本で見かける感情的なリアクションとして、「作家主義」はヨーロッパの芸術映画を褒めてばかりである、という誤解がある。しかしこれは知る人ぞ知る誤解というか、認識不足による誤解であって、むしろ事態は逆なのである。「作家主義」で救われた映画監督にはもちろん、オーソン・ウェルズやジャン・ルノワール、ロベルト・ロッセリーニ、ロベール・ブレッソン、溝口健二、サタジット・ライといった、世界の「芸術」派の映画監督たちもたしかに数多く含まれた。

 しかし、「作家主義」の恩恵に最も多く浴したのは、西部劇のジョン・フォード、アクション&コメディ&西部劇の監督ハワード・ホークス、そしてサスペンスの神様アルフレッド・ヒッチコック、さらには大量のB級映画の職人監督たちだったのだ。こうしたショービジネスの中心で活躍する、およそ「芸術」とは無縁と思われてきた職人的な監督たちの中から、雑誌「カイエ・デュ・シネマ」は厳しい鑑識眼で見分けつつ「作家(オートゥール)」として称揚していったのである。したがって、「作家主義」は芸術派気どりのグルメ主義でもブランド志向でもない。そうした批判を差し向ける側の人間のほうが、よほど浅薄なレッテル主義者に過ぎない。

 「作家主義」の(ひょっとすると時代後れの)擁護に字数を割いたのは、この文章を書くための、私の大きなモチベーションであった。本作『ヒッチコック/トリュフォー』のすばらしさは、すでに多くの場所で言及されつつある。それらの評価に大きく首肯しつつも、私は自分が一映画評論家として寄って立つ場所に対する誇りをもって、「作家主義」が感情的に否定されたことは数知れずあったとしも、一度として論理的に否定されたことはない、ということを、この場を借りて再確認しておきたかったのである。

      

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