『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』ーー 最新アニメ映画の音楽、その傾向と問題点について

アニメ映画と音楽の関係性を考える

20160824-konosekai.jpg
(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 とは言え、『この世界の片隅に』のオープニングで流れる、コトリンゴによるフォーク・クルセダーズのカバー「悲しくてやりきれない」の作品世界との見事なハマりっぷりを体験してしまうと、「あぁ、こういうのもやっぱりいいなぁ」と思ってしまうから勝手なものである。

 『この世界の片隅に』の主題歌と劇伴を手がけているのは、シンガー・ソングライターであり、現在はKIRINJIのメンバーでもあるコトリンゴ。つまり、『君の名は。』で主題歌と劇伴を丸ごと手がけたRADWIMPSと座組的には同じパターンだ。片渕須直監督作品では、前作『マイマイ新子と千年の魔法』でもコトリンゴが主題歌「こどものせかい」を担当していて、今回はその延長上で「劇伴も」ということになったようだ。

 日本でも海外(バークリー音楽大学)でも専門的な音楽教育を受けているコトリンゴにとって、劇伴制作というのはそれほど難題ではなかったかもしれないが、単独で長編映画の劇伴を手がけるのは本作が初めて(過去に坂本龍一音楽監督のもとで『新しい靴を買わなくちゃ』の劇伴、及び短編アニメ映画『くまのがっこう 〜ジャッキーとケイティ〜』や新房昭之総監督のテレビアニメ『幸腹グラフィティ』の劇伴を手がけたことはある)。にもかかわらず、これからこの世界で超売れっ子になる予感しかしない、アコースティック・サウンド主体のとても流麗で温かい、それでいてバランス感覚に優れた(=自己主張の控えめな)素晴らしい劇伴をものにしてみせている。

 『この世界の片隅に』で何よりも感心したのは、作品全体の「音」そのものが周到にデザインされていることだ。ご存知の方も多いように、この作品で主人公の北條すずの声を担当しているのはのん(ジ・アクトレス・フォーマリー・ノウン・アズ・能年玲奈)だ。のんが歌っているところはドラマ『あまちゃん』でしか見たことがなく、そこでの歌声はあまり印象に残っていないのだが、少なくとも本作において、一世一代の名演技を聞かせてくれるのんの声と、コトリンゴの歌声が、実際に似ているとかそういう次元を超えて、スクリーンの中で見事に一体化していた。作品の導入部に続いて、オープニングテーマの『悲しくてやりきれない』の歌声が聞こえてきた瞬間にゾワッとしたのは、まさにそれが理由だった。このようなマジカルな化学反応がある作品もあるから、映画のオープニングにおける歌モノの存在を一概に「アニメ界だけの流儀」というだけでは否定できない。

 さて、『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』と、一般の観客層もターゲットにした今年のアニメ映画の音楽についてこうして論じてきて改めて思うのは、このジャンルにおける「映画と音楽」との関係が、多くの日本の実写映画と比べて、才能発掘においても、使い方においても、極めてチャレンジングであるということだ。そこではテレビアニメ業界と音楽業界の長年にわたるタイアップの試行錯誤における成果や反省も反映されているのだろうし、実写映画よりも監督の作家性が尊重されやすい環境であることも影響しているのだろう。ここまで細かい問題を指摘してきたが、ここで取り上げた3本の作品は、少なくとも本編の劇伴においては明らかに日本映画全体をリードするものだ。『君の名は。』のメガヒットによって、日本映画界におけるアニメ映画の重要性は今後も増していく違いないが、それはアニメ映画に限らず日本の「映画音楽」全体にとっても、大きな刺激となっていくだろう。

■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)。 Twitter

■公開情報
『君の名は。』
全国東宝系にて公開中
声の出演:神木隆之介、上白石萌音、成田凌、悠木碧、島崎信長、石川界人、谷花音、長澤まさみ、市原悦子
監督・脚本:新海誠
作画監督:安藤雅司
キャラクターデザイン:田中将賀
音楽:RADWIMPS
(c)2016「君の名は。」製作委員会
公式サイト:http://www.kiminona.com/

『聲の形』
新宿ビカデリーほか全国公開中
出演:入野自由(石田将也役)、早見沙織(西宮硝子役)、悠木碧(西宮結絃役)、小野賢章(永束友宏役)、金子有希(植野直花役)、石川由依(佐原みよこ役)、潘めぐみ(川井みき役)、豊永利行(真柴智役)、松岡茉優(石田将也役)
原作:「聲の形」大今良時(講談社コミックス刊)
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン:西屋太志
美術監督:篠原睦雄
色彩設計:石田奈央美
設定:秋竹斉一
撮影監督:髙尾一也
音響監督:鶴岡陽太
音楽:牛尾憲輔
主題歌:aiko「恋をしたのは」
音楽制作:ポニーキャニオン
アニメーション制作:京都アニメーション
製作:映画聲の形製作委員会(京都アニメーション/ポニーキャニオン/朝日放送/クオラス/松竹/講談社)
配給:松竹
(c)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
公式サイト:http://koenokatachi-movie.com

『この世界の片隅に』
11月12日(土)テアトル新宿、ユーロスペースほか全国ロードショー
出演:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、澁谷天外
監督・脚本:片渕須直
原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
企画:丸山正雄
監督補・画面構成:浦谷千恵
キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典
音楽:コトリンゴ
プロデューサー:真木太郎
製作統括:GENCO
アニメーション制作:MAPPA
配給:東京テアトル
(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
公式サイト:konosekai.jp

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「映画シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる