松江哲明の『A2 完全版』評:森監督は、報道では描かれない“個人の情”を切り取る

松江哲明の『A2 完全版』評

日本は95年から停滞している

 今回、改めて『A2 完全版』を観て驚いたことがもうひとつあって、当時の人々の顔立ちがいまと変わっていないんですよ。たとえばですけど、昭和の頃の日本人の顔って、いまよりもすごく大人びていたと思うんです。石原裕次郎が30代の頃って、今の50代みたいな貫禄があったじゃないですか。でも最近の日本人の顔って、童顔の僕が言うのも変ですけれどすごく幼いんですよね。それは95年くらいから続いているんだなって。考えてみれば、95年くらいに人気があった男性アイドルとかって、あまり変わらない顔立ちでいまも活躍していたりしますよね。なんだか、日本はあの時から見た目もメンタリティも停滞している気がします。スタンダードサイズのデジタルビデオの画質は少し懐かしいけれど、映っている風景はいまとそれほど大差ありません。

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 そういえばWindows 95もこの時に登場しましたよね。携帯もどんどん普及し始めた時期で。いまは言葉が伝わるスピードがめちゃくちゃ速くなって、昔なら本や雑誌を買わなければ得られなかった情報も、大したエネルギーを使わずに得られるようになった。すごく便利になったけれど、その分なにかを失ってしまったんだと思います。一方で、誰もが発信できる時代にもなって、Twitterとかではみんな目立つためにどんどん言葉を過激にしてしまう。TVでも“街の人の声”とかいって、使いやすい言葉だけを取り上げて物事を単純化していく。そうなると、先ほど言ってた小数点のようなこと、結論が出ないモヤモヤとしたものはかき消されてしまいます。みんなにとっての悪者を見つけて吊るし上げて叩いて、はいこの問題は終わりって、あっという間に消化されていく。たぶん、多くの人はおかしいって気付いているんだけど、誰もそれを止められなくなっている。

 だからこそ、森さんのアプローチはより効いてきます。『A2 完全版』にしても『FAKE』にしても愚直なまでにアナクロです。森さんって相手に手紙を送ったり、直接会ったりして「撮らせてください」ってお願いするんですよ。みんなどうやって撮ったの?って不思議がるけれど、ただそれだけなんです。逆にいえば、佐村河内さんが渦中にあったとき、多くのメディアではボロクソに書いていたけれど、本当に彼に会って話を聞かせてほしいって頼んだ人は、果たしてどれだけいたのでしょうか。たぶん、ほとんどいなかったんじゃないかな。結局のところ、人の心を動かすというか、力のある映像は、森さんみたいなアプローチでこそ撮れるものなんだと思います。

(取材・構成=松田広宣)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』の監督を山下敦弘とともに務める。最新監督作は、テレビ東京系ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』。番組公式サイトはこちら→http://www.tv-tokyo.co.jp/okodawari/

■公開情報
『A2 完全版』
監督:森達也
7/9(土)ー15(金)連日21:00より渋谷・ユーロスペースにてレイトショー
6/25(土)―7/2(金)大阪・シアターセブンにて上映(『A』も上映あり)
7/1(金)『FAKE』公開記念!オール森達也ナイト!『A』『A2 完全版』上映(※1日のみ)
(C)「A」製作委員会

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