エリザベス女王は“お忍びの外出”でなにを見た? 『ロイヤル・ナイト』の史実とフィクション
史実をもとにフィクションを膨らませる
本作の大部分はフィクションであるとしても、“一部分”に関しては明確な事実に基づく。それはつまり、「この日、エリザベスとマーガレットは本当にお忍びで外出した」ということに他ならない。だが史実を付け加えておくと、付き人がたったの兵士2名ということは決してありえず、実のところ、乳母や友人、護衛などを含んだ総勢16人もの大所帯となったそうだ。
御一行は人々の波に揉まれて、見知らぬ人たちと一緒に腕や肩を組み歓喜の言葉を口にしながら、ホワイトホール(ロンドンの官庁街)の道を進んでいった。その間、エリザベスはいつバレるか内心ハラハラしながら軍帽を深くかぶっていたという。そして彼らは本作のように夜通し大冒険を繰り広げることなく、約束通り深夜一時までにはバッキンガム宮殿にきっちり帰り着いたとのこと。
ただし、その裏側で実際に何が起こったのかは、今となっては誰にもわからない。史実を求めてこの映画に触れるのであればかなりの見極めが必要だが、重要なのはこの時、エリザベス王女が自分たちの英国王室の姿を外から見たということだろう。自分の中に自らを客観視する力を持ち、両親もまたそれを許可したということ。こうやってこの日、新時代への扉が押し開かれ、エリザベスが将来に向けて思いを新たにしたことは、決してフィクションとは言えないはずだ。
映画のモデルにもなった?マーガレットの自由奔放な人生
一方、4歳違いのマーガレットは、本作でもコミックリリーフ、いやトラブルメーカー的な役割を担っている。女王となることを運命づけられたエリザベスとは違い、束縛なく伸び伸びと自由に育てられた彼女。時代性ゆえか、成長すると多くの一般人と噂され、ゴシップを騒がせることも多かった(映画『バンク・ジョブ』でも、とあるゴシップ写真をめぐって事件が勃発する)。また、マーガレットをめぐっては、王女たる彼女と一般人との恋愛が『ローマの休日』の着想となったのでは? という憶測もあったほどだ。
そういった具合に、色恋沙汰といえば全て妹マーガレットの専売特許のように括られる場合が多いのだが、この『ロイヤル・ナイト』ではそこを逆手に取り、しっかり者のエリザベスの方が最初で最後の、まさに『ローマの休日』を地でいくような“秘めたる恋”に落ちていくのも面白いところ。想像の範疇で遊ぶとはまさにこのことだ。
そんな奔放だったマーガレットも02年にこの世を去った。外の世界への興味を身体いっぱいにみなぎらせ、目をキラキラさせながら街へ飛び出す幼き日の妹の姿。もしエリザベス女王が本作に触れる機会を得たなら、その光景にいったいどんな思いを去来させるだろうか。
■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter
■公開情報
『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』
6月4日(土)シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
監督:ジュリアン・ジャロルド
出演:サラ・ガドン、ベル・パウリー、エミリー・ワトソン、ルパート・エヴェレット、ジャック・レイナー
配給:ギャガ
原題:ROYAL NIGHT OUT/2015/イギリス/97分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/PG-12
(c)GNO Productions Limited
公式サイト:gaga.ne.jp/royalnight