第69回カンヌ国際映画祭はなぜ多くの映画ファンから怒りを買った? 映画祭の歴史と経緯から考察
ケン・ローチ監督が二度目となる最高賞パルム・ドールの受賞に輝いた第69回カンヌ国際映画祭。深田晃司監督の『淵に立つ』(16)が「ある視点」部門の審査員賞を受賞し、過去の名作を上映する「カンヌ・クラシック」では、デジタル修復された溝口健二監督の『雨月物語』(53)や、瀬尾光世監督のアニメ映画『桃太郎 海の神兵』(45)が上映されるなど、今年も日本映画に関する話題が開期中に伝えられてきた。
そんな中、下馬評とはかなり異なる受賞結果が世界中の映画関係者・映画ファンの間で賛否を呼んでいる。例えば、ショーン・ペン監督の『THE LAST FACE』(16)への歴史的酷評が妥当とされるような論評があった一方で、上映後の高評価によってパルム・ドール大本命とされていたマーレン・アーデ監督の『TONI ERDMANN』(16)が、ひとつも受賞に至らず無冠に終わったなど、評価バランスの是非が問われている感がある。
なぜ、これほどまで世界の映画ファンから怒りを買っているのだろうか? その参考となるのが、今回カンヌの各部門で上映された作品に対する映画評論家・批評家による星取り評価を数値化した一覧。
https://cannes-rurban.rhcloud.com/index.pl/2016
この一覧で高い評価を得た作品と受賞結果を照合してみると、全く一致していないことが判る。例えば、パルム・ドールを受賞したケン・ローチ監督の『I, DANIEL BLAKE』(16)は、受賞対象となるコンペティション作品21本の中で10位と、ほぼ中間に位置する評価。また、グランプリを受賞したグザヴィエ・ドラン監督の『IT'S ONLY THE END OF THE WORLD』(16)に至っては、下位3番目の19位というかなり低い評価を得ている一方で、上位5作品の評価を得た作品は無冠に終わっているのである。
つまり、審査員が下した受賞結果と、映画評論家・批評家が下した評価は、全く別物に思えるほど乖離しているのだ。しかし、カンヌ国際映画祭の特徴を鑑みると、何となく納得できる点もある。そのことを論じるため、カンヌ国際映画祭の歴史と経緯を簡単に紐解いてみる。
世界三大映画祭のひとつであり、またその中で最も権威があるとされるカンヌ国際映画祭。その歴史は1946年に第1回が開催されて始まったのだが、実はもうひとつの世界三大映画祭であるヴェネチア国際映画祭の方が古い歴史を持っている。ヴェネチアは1932年に第1回が開催されたが、カンヌは1939年に第1回開催を企画しながらも戦争の影響で延期となったという経緯がある。そしてカンヌ国際映画祭が企画された理由にもまた意義深いものがあったのだ。
1938年に開催された第6回ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞(最高賞)に輝いたのは、レニ・リーフェンシュタール監督のドイツ映画『民族の祭典』『美の祭典』(38)2部作だった。ベルリンオリンピックの記録映画として製作されたこの作品は、ナチスによるプロパガンダ映画として知られている。一説には、ヨーロッパ全体がファシズムに支配され、戦火に見舞われようとする中、このような作品を映画芸術として讃えようとする姿勢に憤ったフランスが、対抗策として企画したのがカンヌ国際映画祭だったと言われている。つまりカンヌは、企画当初から政治色が強い傾向のものであったのだ。
また、映画賞として一般的にその名が一番知られているアカデミー賞とカンヌ国際映画祭とでは、受賞対象となる作品選定の経緯と、作品審査の経緯が全く異なることも留意しておくべきだろう。
アカデミー賞は、監督や俳優といったハリウッド映画人で構成される約6200人の映画芸術科学アカデミー協会の会員が、その年にアメリカで劇場公開された作品(約300本)リストの中から一番良かったと思う映画に投票するという形で行われる。映画界の“身内”によって選ばれる賞、と言われる由縁である。
一方、カンヌをはじめとする国際映画祭は、世界中から応募のあった作品や映画祭側がセレクトした作品をコンペティション形式で上映(アカデミー賞授賞式そのものには作品の上映がない)。今年のカンヌでは21作品がコンペティションに選ばれた。またその審査にあたるのは、審査委員長をはじめとする複数の映画人たち。今年のカンヌで審査委員長を務めたのは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)も記憶に新しいジョージ・ミラー監督で、そのほかアルノー・デプレシャンやキルスティン・ダンストなど9名の映画人で構成された審査員が審査を行った。
アカデミー賞の受賞結果が映画ファンの評価と一致しないことが度々あるのは、ハリウッド映画人による“身内”の投票によって決まるという性質上、映画業界の思惑が介在するからなのだが、カンヌをはじめとする国際映画祭は10名前後のメンバーによって決定されるので、審査員の構成によってその年々の傾向が変化するという側面がある。そして審査委員長の好みは、受賞結果に大きな影響を与えると言われている。
例えば、歴代審査委員長とパルム・ドール受賞監督の組み合わせとしてよく例に挙げられるのが、第47回のクリント・イーストウッド審査委員長が選んだクエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』(94)と、そのクエンティン・タランティーノが審査委員長を務めた第57回で受賞したマイケル・ムーア監督の『華氏911』(04)という組み合わせ。これは「アメリカ人がアメリカ人を評価した」ということだけでなく、審査委員長が映画監督であった場合に、本人の映画に対する考え方や趣味趣向が受賞結果に反映されることが往々にしてあったということなのである。