社会派×アクションの傑作! 南インドの星・ヴィジャイ主演『カッティ 刃物と水道管』は必見
疲れた時にはスパイスたっぷりのカレーが食べたくなるし、インド映画も観たくなる。特に日々の出勤で疲労が溜まっていたり、アコギな企業のやり方に辟易していたりとストレスが溜まっている方は多いだろう。「なぜ、生きているだけでも大変な私たちが大会社に下敷きにされ、さらに辛い目に遭うのだろう!」と一度でも思ったことがある方は、11月1日公開のインド映画『カッティ 刃物と水道管』を観てほしい。
脱獄囚が瓜二つの社会活動家になり変わる?
物語は、服役中の詐欺師・泥棒のカッティ(刃物)ことカディル(ヴィジャイ)が脱獄するところから始まる。と言っても、本当は脱獄囚を追う看守に自身の特殊能力――建物の平面図を見るだけで立体的な構造が見える力を貸して協力していたのだが、どさくさに紛れて自身も逃亡。本当は国外逃亡するつもりだったのに、空港で美人アンキタ(サマンタ)に一目惚れしてしまい航空券を破り捨ててしまう。しかもその夜、偶然発砲事件に居合わせ、被害者の様子を見に行くと自分の顔に瓜二つ! 悪知恵の働いたカディルは病院に連れて行ったその男の身分証と自身のものを取り替えて、警察に追われる自分の身代わりになってもらうことに。しかし、その見ず知らずの男は崇高な社会活動家で、何者かに常に命を狙われていたのだった。
南インド・タミル語映画界の人気俳優ヴィジャイが主演を務め、A・R・ムルガダースが監督・脚本を務めた本作。ムルガダース監督はこれまでも『きっと、うまくいく』のアーミル・カーンや『マガディーラ 勇者転生』のチランジーヴィ、『ロボット』のラジニカーントなど著名な俳優陣と仕事をしてきたが、その作風に注目したい。エンタメの中に社会批判を織り交ぜる傾向が強く、そのバランスがすごくいい。主人公は一見お調子者で、自分のなりすました社会活動家ジーヴァが受け取るはずの小切手を仲間のスリ師と貰い受けようとしたり、本作の悪者である多国籍企業のトップとの取引に応じて大金を貰おうとしたりと、物語の最初の方では自分が逃げることしか考えていなかった。しかし、ジーヴァが地方の農民を救うために多国籍企業のトップと戦っていたこと、そして農民たちの直面する問題の重さを知ると彼らのために“ジーヴァ”としてその活動を引き継ぐのだ。
社会派の要素をうまくエンタメに落とし込む設計
活動家のジーヴァは老人ホームで老人たちの面倒も見ていて、彼らの村の問題を共に解決しようとしている。その背景が、本当に悲惨なのだ。もともと水が不足して農業に影響が出ていた村で水脈を探す手伝いをしていたジーヴァ。その土地を狙うのが多国籍企業のトップだった。村から街へと、人々の生活のために供給される農作物のために水が必要なのに、コーラの会社がそれを奪おうとする。現代の縮図のようなこの状況に加え、大企業側の極悪非道なやり方を知り、なりすましてトンズラするだけだったカディルもショックを受け、彼らの力になろうとする。村の過去が明かされるシークエンスは、セリフに頼らずジェスチャーと表情、そして音楽だけで何が起きているのか分かりやすく説明がされていて、それゆえに悲痛さが伝わりやすい。
実際、インドは中国を上回る経済成長を遂げる一方で農民が貧困に苦悩し続けている現状が何年も続いている。世界で最も多い人口であり、その6割を農業や農村が占めているのだ。一部の都市部の人が当たり前に享受しているものを、享受するどころか彼らに供給するために飢えに苦しんでいる現実を、映画の中で真正面から取り沙汰すのは先に述べたムルガダース監督の作風そのものである。しかし、そういった重い話の前後にインド映画だからこその軽快なダンスシーンを入れ、あくまでエンタメ作品であることに自覚的なのがこの映画のよくできたところなのだ。