クリント・イーストウッド最新作、北米でひっそり公開 『ゴジラ-1.0』北米再上映が好調
『硫黄島からの手紙』(2006年)や『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)などの名作を手がけてきた、巨匠監督にして名優クリント・イーストウッドの監督最新作『Juror No.2(原題)』が北米でひっそりと劇場公開された。
配給は長年のパートナー関係にあるワーナー・ブラザース。1930年生まれのイーストウッドは今年94歳、本作が最後の監督作品になるかもしれない……にもかかわらず、北米での上映館数はわずか35館、しかも公開規模を拡大する計画もないという。小規模のインディーズ映画ならともかく、ワーナーほどの大手スタジオでは異例の事態だ。プロモーションも最小限にとどまり、興行収入に関する情報も公式発表されていない。
記念すべき40本目の監督作である『Juror No.2』は、ある男の倫理的葛藤を描いた法廷スリラーだ。アルコール依存症から回復中のジャーナリストが、ある殺人事件の陪審員に選ばれるが、彼には大きな懸念があった。事件当日、現場の付近を運転中に、何かが車にぶつかったのだ。このまま何も言わなければ、無実の男に有罪判決が下ってしまうかもしれない。しかし事実を語れば、自身が罪に問われるかもしれない……。
出演はニコラス・ホルト、トニ・コレット、キーファー・サザーランド、J・K・シモンズら。洗練された演出と脚本、俳優陣の演技が高く評価され、Rotten Tomatoesでは91%フレッシュを獲得しており、イーストウッドの新たな傑作だと評されている。
しかしながら、ワーナーは本作の限定公開を「賞レースの条件を満たすため」と説明しながら、実際には賞レースの目玉としてはプッシュしていない。同社の賞レース用プロモーションサイトに取り上げられているのは『デューン 砂の惑星PART2』や『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』『ビートルジュース ビートルジュース』『マッドマックス:フュリオサ』などで、『Juror No.2』のタイトルはどこにも見当たらないのだ。
すなわち、現時点でワーナーは、興行・賞レースの両面で本作にまるで期待していないのである。実際の意思がどうであれ、それが暗黙のメッセージだ。確かに『アメリカン・スナイパー』(2014年)以来、イーストウッドの作品はアカデミー賞で大きな存在感を示していないし、前作『クライ・マッチョ』(2021年)はコロナ禍とはいえ全世界興行収入1651万ドルという悲惨な結果だった。しかし、『運び屋』(2018年)と『ハドソン川の奇跡』(2016年)はともに1億ドルを突破するヒットとなっていたではないか――。
むろん、ワーナーが躊躇するのも無理はない。コロナ禍以降のハリウッドに訪れた業界構造の変化は、大人向けのドラマ映画が劇場でヒットしにくい状況と、その救済策(?)としてのストリーミングというありようを生み出した。もともと『Juror No.2』も当初は配信作品として計画されたが、試写の好評を受けて劇場公開に切り替えられたというのだ。しかし、それでもワーナーはこの映画のポテンシャルを信頼できなかった。
奇しくも同日公開となった、トム・ハンクス主演&ロバート・ゼメキス監督の最新作『Here(原題)』は2647館で週末興収500万ドル。共演ロビン・ライト、脚本エリック・ロスという『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年)チームが再結集したにもかかわらず、30年後の観客には大きな訴求力をもたなかった(もちろん、こちらもあまりプロモーションされなかったという問題は大きい)。製作費は4500万ドルだから、黒字化の道のりが遠いことは言うまでもない。
前述の通り、ワーナーは『Juror No.2』の週末興収を発表していないが、報道によれば週末3日間の成績は26万~27万5000ドルで、35館かぎりにしては上々の数字となった。製作費が3000万ドルであること、大統領選を控えて今週はスタジオ各社が話題作の公開を見送ったことを鑑みれば、やりかた次第ではさらなるヒットを狙うこともできただろう。しかしながら、『Here』と同じく失敗するリスクが大きかったことも事実で、そうなればメディアやSNSはイーストウッドを「時代遅れのフィルムメイカー、晩節を汚した」などとバッシングしたはずだ。