第69回カンヌ国際映画祭はなぜ多くの映画ファンから怒りを買った? 映画祭の歴史と経緯から考察

第69回カンヌ国際映画祭を総括

 興味深いのは「似通った新たな才能を認めるけれど、近親憎悪も若干ある」という点。第63回で審査委員長を務めたティム・バートンは、アピチャッポン・ウィラーセタクン監督の『ブンミおじさんの森』(10)をパルム・ドールに選んだが、揶揄的に分析すると「ティム・バートンしか選ばないような作品だが、ある意味で決してティム・バートン本人には及ばない作品」のようにも見えるのである。

 国際映画祭の意義のひとつに「新しい才能の発見と育成」という側面がある。アピチャッポン・ウィラーセタクンの評価には「新しい才能の発見」という点も指摘できるが、カンヌには「カメラ・ドール」と呼ばれる新人監督賞が設けられている。例えば河瀬直美は、『萌の朱雀』(97)で記念すべき第50回カンヌ国際映画祭の「カメラ・ドール」を受賞して名を馳せた。彼女は何度もカンヌに招かれ、『殯の森』(07)ではグランプリに輝き、今年は短編コンペティション部門と学生映画を対象としたシネフォンダシオン部門の審査委員長を務めている。河瀬直美が今なおカンヌで評価され、愛でられている理由は、彼女が「カンヌが見つけた新しい才能」だったからなのである。

 今年グザヴィエ・ドランがグランプリを受賞したことに賛否があるのは、作品に対する評価が低かったからだが、彼もまた「カンヌが見つけた新しい才能」だったからこそ評価されたのだと考えれば合点がいく。彼の監督デビュー作『マイ・マザー』(09)はカンヌの「監督週間」部門で上映され、2作目『胸騒ぎの恋人』(10)と3作目『わたしはロランス』(12)が「ある視点」部門で上映。『Mommy/マミー』(14)ではついにコンペティション対象となり、審査員賞を受賞している。

 つまり、カンヌとしては「カンヌが見つけた新しい才能」に対して“国際映画祭での受賞”というお墨付きを徐々に与え、「新しい才能を育成」しているのである。今年の受賞結果の中では、『THE SALESMAN』(16)で脚本賞を受賞したアスガー・ファルハディも、同じような視点で作品が評価されていると指摘できる。

 一方、パルム・ドールに輝いたケン・ローチ監督は、第59回の『麦の穂をゆらす風』(06)に続いての受賞。過去2度受賞した人物は今村昌平やミヒャエル・ハネケなどがいるが、これで8人目。国際映画祭の意義には「権威を与える」「再評価する」という側面もあり、今年80歳になる監督にとって「これが最後の作品になるかも知れない」という点も考慮されたのではないかと邪推できる。

 パルム・ドールに輝いた『I, DANIEL BLAKE』は、心臓病で職を失った独り暮らしの男と、2人の子供を持つ失職中のシングルマザーとの交流を描いた作品。福祉局に就労可能と判断されたことで福祉手当を停止され、生活が困窮してゆく姿を描くことで、ケン・ローチは社会保障のありかたに異議を唱えている。この物語の示す「国家が労働者を搾取する」という構造は、審査委員長であるジョージ・ミラーの『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の設定に通じるものがある。ジョージ・ミラーは元々医師であったことからも「この作品が示す問題点に対して意識が高かったのではないか?」とも思え、審査の経緯は明らかでないが「審査委員長の意向が受賞結果に影響を与えたのではないか?」という、こじつけにも近い深読みが出来るのである。

 イギリス与党による緊縮財政や福祉予算削減に対抗してきたイギリス野党が、今回の受賞を称えたという報道を目にする度、作品評価に対する賛否は別にして、パルム・ドール受賞は社会的な意義のあるものであったようにも感じさせる。思い返せば、カンヌ国際映画祭はファシズムに対抗するものとして始まったものではなかったか。

 今回のカンヌ国際映画祭は、テロの影響もあって厳戒態勢の中で開催されたという点も忘れてはならない。開期中、近隣のオーストリアでは大統領選挙が行われ、極右候補が僅差で敗れたということもニュースになっていた。現在ヨーロッパは難民問題や経済問題を抱え、危うい均衡状態にある。『神様メール』(15)が公開中のジャコ・ヴァン・ドルマル監督は来日の折、雑談の中で「いまヨーロッパ全体が、物事に対して寛容で無くなってきている」と語っていたのが印象的だった。

 今年は下馬評と異なる受賞結果となった訳だが、つまりは、より多くの人が「面白い」と思った作品が受賞を果たさなかったということでもある。カンヌの出品作品は、これから順次日本公開を迎えてゆくが、「受賞如何に関係なく、観る価値があるのではないか?」という点を、我々映画ファンは忘れてはならないのである。

■松崎健夫
映画評論家。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『ZIP!』(日本テレビ)、『キキマス!』(ニッポン放送)などに出演中。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。Twitter

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