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成馬零一の直球ドラマ評論

『偽装の夫婦』最終回は新しい家族のかたちを描けるか? 脚本家・遊川和彦の手腕への期待

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 日本テレビ系水曜夜10時から放送されている『偽装の夫婦』が、最終回を向かえる。

 本作は、図書館司書の嘉門ヒロ(天海祐希)が25年前に付き合っていた陽村超治(沢村一樹)と再会するところからはじまる。超治から「実はゲイだった」と告白されたヒロは、余命わずかの超治の母親を安心させるために超治と偽装結婚することになる。二人の前にはシングルマザーでレズビアンの水森しおり(内田有紀)や、ヒロにあこがれる正義の味方を目指す宅配業者の弟子丸保(工藤阿須加)、身内を亡くしたヒロと幼い頃から過ごしてきた郷田家の従姉弟たちといった、様々な悩みを抱えた人々が現れる。人との接触を避けて、本心を隠して生きてきたヒロは、彼、彼女の事件に巻き込まれていくことで、だんだんと自分の本心を言えるようになっていく……。

 脚本を担当するのは『女王の教室』や『家政婦のミタ』(ともに日本テレビ系)など、様々なヒット作を手掛けてきた遊川和彦。前作『〇〇妻』(日本テレビ系)までは、『女王の教室』以降獲得したショッキングなシーンとヒロインの謎で物語を引っ張る炎上商法的な展開を得意としていたが、『偽装の夫婦』では、ドラマ自体の見せ方を大きく変えている。「ゲイの男性と偽装結婚する」という初期設定こそ目を引くものの、ドラマ自体のケレン味は薄く、ゲイの超治やレズビアンのしおりを、当たり前の存在として描いている。まずはそのような同性愛に対する距離感に驚かされた。

 本作はコメディだが、笑いの対象となっているのは同性愛者の超治たちではない。心の中であらゆるものに悪態をついているヒロの過剰なツッコミ体質だ。そんなヒロも、超治と暮らすことで心の声を口に出せるようになっていくのだが、ヒロの鬱屈した心の声と同性愛差別の問題が同じ次元で語られているのが、当初は不思議だった。しかし、最終話を前にして、「この問題はセットだったのだなぁ」と、わかるようになってきた。
 
 東京都渋谷区が同性カップルの結婚に相当する「パートナーシップ」を認める証明書を11月5日から交付するようになったことが話題となっている。兵庫県宝塚市も2016年6月から証明受領証を発行すると発表している。こういった流れに、時代の変化に敏感であらねばならないテレビドラマの作り手が反応するのは自然な流れだろう。本作以外にも女性同士の恋愛を描いた『トランジットガールズ』(フジテレビ系)が現在、放送されている。

 だが一方で、ある市議会議員が「同性愛は異常」とツイートしたことが最近炎上しており、差別や偏見がなくなったわけではない。むしろ社会が同性愛に対して寛大であろうとすればするほど、深層心理にある差別意識がネットに噴き出すことは、今後も増えていくだろう。自覚的に差別発言をまき散らす人間は問題外だが、良識的な人間の中にも、暗く歪んだ感情があるからこそ、そこに人間ドラマが生まれる。ヒロの過剰なツッコミは、普段は平穏に暮らしているが、ネット上ではヘイトスピーチを繰り返すクレーマーの姿を戯画化したものだと言える。

      

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