ハイブリッドなホラー『ザ・ヴァンパイア〜残酷な牙を持つ少女〜』が描く、ポップカルチャーの記憶

『ザ・ヴァンパイア』のハイブリッド性とは

 現在公開中の映画『ザ・ヴァンパイア〜残酷な牙を持つ少女〜』。吸血鬼映画やホラー映画好き以外は、思わずスルーしそうになる邦題のついた本作(原題:“A GIRL WALKS HOME ALONE AT NIGHT”)だけれども、これがなかなかどうして、かなりハイブリッドな要素が満載の、実に興味深い映画に仕上がっているのだった。

 物語の舞台となるのは、架空の街“バッド・シティ”。かつては石油採掘で栄えながら、いまはドラッグ・ディーラーやポン引き、そして娼婦たちが跋扈する犯罪都市と化した街だ。人々が話すのはペルシャ語。ここは、イランのどこかなのだろうか? そこに、黒いチャドルをまとまった謎の女性が現れる。“ザ・ガール”という役名のみを与えられた彼女(シェイラ・ヴァンド)は、夜の街をひとり徘徊し、娼婦を殴るジャンキーなど、女性を不幸にする男たちを、次々と殺めてゆく。そう、彼女の正体は、“残酷な牙を持つ”ヴァンパイアなのだ。そんなある日、彼女は孤独な青年……ヤクと女で身を持ち崩した父と暮らす青年、アラシュ(アラシュ・マランディ)と出会い、やがて心を通わせるようになるのだった。

 闇夜に浮かび上がる石油採掘場の光。どこか西部劇のゴーストタウンを思わせる殺伐とした街並み。そこにうごめく怪しげな人々。濃淡の深いモノクロームの映像で切り取られる風景は、往年の“アート系”映画のように、格調高い美しさを打ち放っている。しかし、本作が興味深いのは、映像の美しさだけではない。“ザ・ガール”が暮らすアパートの一室の壁に貼られた、無数のポップスターらしき写真たち。“仕事”を終えて帰宅した彼女は、ターンテーブルにレコードを乗せ、音楽に合わせて静かに体をくゆらせる。そこで流れるのは、イギリスのバンド、ファラーのアンビエントなナンバー「ダンシング・ガールズ」だ。さらに、青年を初めて部屋に招き入れた彼女が流すレコードは、同じくイギリスのバンド、ホワイト・ライズの「デス」という曲だ。「この恐怖が僕をつかんで離さない」という歌のフレーズが、ミラーボールに照らし出された、劇中の男女の緊迫した雰囲気と奇妙にシンクロするこの曲。

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 『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984年)など、初期のジム・ジャームッシュ映画のように、淡々としたモノクロームの映像のなかに散りばめられた、ポップカルチャーの記憶。本作が初の長編監督作となる新鋭アナ・リリ・アミリプールは、本作で描こうとしたものについて、次のように語っている。「セルジオ・レオーネとデヴィッド・リンチが、イラン・ロックを奏でたような作品にしたかった。そして、そこにヴァンパイアが来て、彼らをそっと見守るの。白黒映像にしたのは、素晴らしいサウンドトラックと、最高のキャストを引き立てるためよ」。一見すると、“ネオ・ノワール”や“ゴシック・ホラー”のようでありながら、実はレオーネの西部劇とリンチのシュールリアルを意識した作品であるという本作。その“異形性”は、彼女自身のユニークな生い立ちと、そのセンスによるところが大きいようだ。

 イラン人の両親のもと、イギリスに生まれた、アナ・リリ・アミリプール。その後、家族とともにアメリカを転々とした彼女は、やがてカリフォルニアに辿り着く。そして、サンフランシスコのアートスクールで学んだあと、UCLAの演劇映画テレビ学部に入学する。しかし、彼女にとって最良の映画の教科書は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」のミュージック・ビデオだったとか。以降、数々の短編映画を製作しながら、ベルリン、ロンドン、エディンバラなど各国の映画祭をまわり、資金を調達。そこに、自身がポールダンサーとして稼いだ資金や、クラウドファウンディングで調達した資金を合わせて生み出したのが、今回の初長編映画『ザ・ヴァンパイア』というわけだ。

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