『ここさけ』が描く、残酷で美しい世界 「逃げ道」のない物語に込められた意志とは
夢見がちでおしゃべりな少女は、丘の上にあるお城に憧れていました。そのお城では毎晩、舞踏会が開かれていて、少女もいつか王子様と一緒に、その舞踏会に出ることを夢見ていました。すると、そのお城から、少女のパパが出てきたではないですか。見知らぬ女性と一緒に。少女は家に帰って、早速ママに報告します。「パパがお城から出て来たの!」。ママは少女に言います。「その話はもうやめて。そして、この話は誰にも言わないで」と。数日後、パパは家を出ることになりました。別れ際、少女に「全部お前のせいだ」と言い残して。こうして少女は、「声」を失ったのでした。
こんなにもおぞましいオープニングから始まるアニメが、いまだかつてあっただろうか? 監督・長井龍雪、脚本・岡田麿里、キャラクターデザイン・田中将賀……『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』で一世を風靡した3人が再び結集して描き出す、完全オリジナルストーリーの青春群像劇『心が叫びたがってるんだ。』。それは、こちらの予想を遥かに上回るほど、ハードコアな作品に仕上げられているのだった。“玉子の妖精”によって、二度と人を傷つけないようおしゃべりを封印され、言葉を発するとお腹が痛くなるという“呪い”をかけられた少女・成瀬順(CV:水瀬いのり)……いまや高校二年生となった彼女は、ある日担任の先生から、「地域ふれあい交流会」の実行委員に任命される。
飄々としながらも、けっして本音は言わず感情的にもならない少年・坂上拓実(CV:内山昴輝)、チアリーダー部の優等生・仁藤菜月(CV:雨宮天)、甲子園を期待されながらヒジの故障で挫折した元エース・田崎大樹(CV:細谷佳正)……普段まったく接点のなかった3人のクラスメイトとともに、実行委員の活動にいそしむ順。今年の演目は、担任の思惑によって、異例のミュージカル公演に決定。しゃべることはできないけれど、歌ならば胸の奥底にある本当の気持ちを口にすることができるかもしれない……言葉を話さない少女は、クラスメイトの前で、突如その美声を響かせる。そんな彼女を中心に、知られざる音楽の才能を発揮する拓実、実は彼のことを中学時代から見つめ続けていた菜月、そして当初は反発するも、やがて実行委員会の活動を積極的に参加するようになる大樹をはじめ、次第に結束してゆくクラスメイトたち。しかし、それぞれの「言い出せない思い」は、ミュージカルの本番間際に爆発し……。
この「世界」はとても残酷だ。そして、その「残酷さ」の大半は、誰かが誰かに向けて放った心無い「言葉」によるものだ。そんなこと誰だって知っている。けれども、その「世界」を輝かせるのも、また「言葉」でしかないのだ。あり体に言うと、ひどく凡庸にも捉えられかねない本作のプロット。しかし、それを浮かび上がらせるために用意された舞台装置は、あまりにも残酷で、ある意味グロテスクとさえ言えるものとなっているのだった。親の離婚、失われた心、挫折、届かぬ思い、陰口をはじめとする心無い言葉の数々……それら澱のように心の奥底に溜まってゆく感情を、「歌」に乗せて解放させてゆくこと。そんな、ある意味J-POP的なロジックによって進められる物語。しかし、そのクライマックスが、必ずしも「ミュージカル本番」ではないところが、本作の何よりも特筆すべきところだろう。
この物語の真のクライマックスは、ミュージカルの本番中、いまは廃墟となったラブホテルのなかで唐突に訪れる。かつて父親の浮気現場となったラブホテル。そんなおぞましい場所で、主人公たちは対峙する。「今からあなたを言葉で傷つける!」。心優しき少年をなぎ倒し、大声で宣言する少女の迫力。まったくもって、なんというシーンだ。そして、彼女が罵詈雑言の果てに吐露する「本当の言葉」とは。このシーンには、思わず震えが走った。その「言葉」が、あっさり打ち返されるところにも。本当に、この映画は「甘くない」のだ。一度口にした「言葉」を撤回することはできないし、「本音」を吐露すれば、それですべてがうまくゆくとも限らない。それがこの映画の基本的な世界観なのだ。しかし……。