「2025年 怖い場所が出てくる小説 BEST5」円堂都司昭 編 一風変わったゾンビものから現役医師のパニックものまで
私が今年読んで印象に残った小説をふり返ると、物語が展開する背景、舞台の恐ろしさにひきつけられたケースが多かった。というわけで、怖い場所が出てくる小説ベスト5を選んでみた。
東山彰良『三毒狩り』
国民党との内戦後、共産党が権力を握った中国が舞台。文化大革命前の大躍進政策や大飢饉があった時代の物語だ。共産党幹部に家族の生活を壊された少年・佟雨龍(とううりゅう)は、殺人の罪で銃殺刑に処され、地獄に落ちる。ところが、冥界に穴が開き、死者たちが現世へ出ていってしまう。人間界に逃げた三毒(貪欲、怒り、愚痴の化身)の討伐を命じられた佟雨龍も、現世に蘇る。
いわば地獄が現実にあふれ出したわけであり、一風変わったゾンビものである。アクの強いキャラクターが大勢登場し、笑える場面も多い。中国古典の『水滸伝』のようなアクションと猥雑さ、『西遊記』のような奇想が楽しめる。
月村了衛『地上の楽園』
『三毒狩り』が奔放な想像力で地獄を描いたのに対し、『地上の楽園』はこの世の地獄をリアルに書いている。1959年から始まった在日朝鮮人の帰還事業に関する内容だ。日本で差別される彼らに「地上の楽園」だと伝えられた祖国は、実際にいけば地獄だった。「帰国運動」に賛同した孔仁学、その親友で仁学に勧められ北朝鮮に渡った玄勇太の二人が主人公。勇太は、生きるだけでも困難な過酷な日々を送り、追いつめられていく。帰還事業の嘘が明らかになった後の仁学は、周囲から責められ、居場所をなくす。帰還推進には日本の政治家の関与もあったのに、日本人はこの問題を直視してこなかった。問題と正面からむきあったこの小説の読後感は、ずっしり重い。
北山猛邦『神の光』
建物が消えてしまった謎を解くミステリー小説には、エラリー・クイーン『神の灯』という名作がある。書名からわかる通り、『神の光』は『神の灯』を意識した内容だが、驚くのは消失ものばかり5作揃えた短編集であることだ。建物のように大きなものを消すのは1つだけでも難易度が高いのに、高レベルの作品が並んでいる。なかでも2番目に収録された表題作は、ラスベガスの砂漠の町が消えるというとんでもない内容。悪魔の所業といえるその真相は、ぜひ読んで確かめてもらいたい。
それほどインパクトがある「神の光」の後の収録作にも工夫が凝らされており、飽きさせない。作者のあの手この手に感嘆する。
飛鳥部勝則『抹殺ゴスゴッズ』
令和の高校生・詩郎は、やくざたちに襲われた桜を助けようとして、逆にやられてしまう。死を予感した時、怪神(ゴスゴッズ)=コドクオが出現し、状況が一変する。以後、殺人を目撃したという桜や詩郎の周辺で不穏な動きが相次ぐ。一方、詩郎の父・正也は、平成の高校時代の体験記を残していた。観光用に整備された金山の坑道で死体が発見され、直前に怪人=蠱毒王の声が響いたのだという。
現代と過去、あまりにも奇怪な出来事が相次ぐし、合理的な謎解きなどできないだろうと思っていると、できてしまうので作者の剛腕に驚く。平成では金山の地下でさまよい、令和では火山の爆発に逃げ惑うという冒険小説的展開のリーダビリティは高い。
山口未桜『白魔の檻』
話題になった『禁忌の子』の城崎響介が、再び探偵役で登場する。だが、生殖医療を題材とした前作とはかなり趣が違う。北海道の山奥の病院に訪れると地震が発生する。濃霧に加え、温泉湖から有毒な硫化水素ガスが発生したため、病院から出られなくなってしまう。外部の助けを呼ぶこともできないなか、院内で殺人事件が起きる。
殺人事件の捜査とともに、閉ざされた状況で入院患者が暴走するなど、パニックものの要素もあってエンタメ要素は増している。同時に過疎地医療の実状に触れてもいて、医師である作者の問題意識もうかがえる。シリーズ2作目でこの筆力。今後の活躍が楽しみな作家だ。