『逃げ上手の若君』のルーツがここに……斬新すぎた『魔人探偵脳噛ネウロ』の“狂った悪役”たち

©松井優征/集英社・VAP・マッドハウス・NTV・D.N.ドリームパートナーズ

 『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載されている漫画『逃げ上手の若君』を原作としたTVアニメが、7月6日から放送中。同作は北条時行の逃走劇を描いた歴史スペクタクル作品で、狂気がほとばしる“異常な敵キャラクターたち”の活躍が大きな見どころとなっている。

  そもそもファンなら誰もが知っている通り、原作者・松井優征は個性豊かな悪役を描くことを十八番とする漫画家だ。連載第1作目の『魔人探偵脳噛ネウロ』からして、オリジナリティあふれる狂気の世界を描き出すことに成功していた。

 『魔人探偵脳噛ネウロ』は、「謎」を食料とする魔人・脳噛ネウロが女子高校生・桂木弥子とタッグを組み、数々の難事件に挑んでいく物語。一応ミステリー作品とされているが、推理パートは魔界から持ち込まれた摩訶不思議なアイテムによる捜査がほとんどで、犯人たちの異常な心理状態や狂気的なリアクションこそが醍醐味となっている。

  というのも、同作にはミステリー作品にありがちな“同情できる犯人”がほぼ登場しない。どのキャラクターも荒唐無稽な理由で殺人を行うサイコパスで、読者が感情移入できる点などまるで存在しないのだ。

  しかし、その狂った部分を端的に表現する自供パートこそが、多くの読者を魅了した要素のひとつ。犯人のほとんどが動機を語る際に豹変して襲いかかる……というのがお決まりの流れで、その姿はどれもバケモノじみている。

  たとえば単行本4巻に登場するデイビッド・ライスは、アメリカからやってきた善良な留学生……に見せかけて、実は心の底から他国を見下して資源を奪おうとしていた異常者。本性を現すと鼻が天狗のように伸びたうえにドクロが浮かび上がるという、奇妙な顔立ちをしていた。

  また6巻に登場する美容師・百舌貴泰は、髪の毛を人間にとっての“神”と崇める異常者で、豹変すると顔面が福笑いの要領でハサミに変形するのだった。

  そして、数いる犯人たちのなかでも、突出した人気を得ていたのが1巻に登場した料理人・至郎田正影だ。彼が経営するレストランは「成功を呼ぶ」と評判だったのだが、その実態は違法薬物を混入させた創作料理を提供するというものだった。そんなトンデモ料理人の最高傑作が、「ドーピングコンソメスープ」という料理。数え切れない高級食材と多種多様な違法薬物を煮込み続けたものなのだが、至郎田は静脈注射で自らの体内に取り込むことによって超人的な肉体を得ていた。

  まん丸に飛び出した眼球に、服がすべて破れてしまうほど肥大化した上半身、そして鍋をくしゃりと潰す丸太のような腕……。そのインパクト絶大な姿は、カルト的な人気を博すことになった。あまりに有名になったため、さまざまな作品でパロディされ、『真説 ボボボーボ・ボーボボ』では至郎田自身がゲスト出演している。

犯人だけでなく主人公もイレギュラー

  他方で『魔人探偵脳噛ネウロ』では、犯人のみならず主人公のネウロも人間の基準からするととんでもなく狂った存在だった。元々は魔界の住人であり、“謎”を喰うという目的のために人間界にやってきたのだが、1話目から父親を亡くして泣いていたヒロイン・桂木弥子に笑うべきだと助言するのだった。

  その後、暴力的な手段を伴う脅迫によって弥子を「奴隷人形」ならぬ探偵役に任命したうえ、毎日のように虐待を加えていく。コミカルな描写ではあるものの、きわめて残虐な性格だと言えるだろう。

  さらにラスボスとの対話シーンでは、「全ての人間は我が輩の食糧であり我が輩の所有物(オモチャ)だ」「我が輩だけがいじくる権利を持っている」という唯我独尊の極みのような発言も飛び出している。“友情・努力・勝利”を謳う「ジャンプ」作品としては、かなり異質な主人公ではないだろうか。

  同じく松井が手掛けた作品である『暗殺教室』の主人公・殺せんせーも、元は「死神」と呼ばれた殺し屋で、合理的かつ極めて非情な性格のキャラクターだった。そして『逃げ上手の若君』の時行も、一見すると普通の少年だが、実は逃げることそのものに興奮を感じる変人。すなわち松井作品は、悪役のみならず主人公に関しても変わったキャラクターぞろいなのだ。

  アニメ『逃げ上手の若君』ではさっそく悪役と主人公の変人っぷりが描かれており、今後の展開にも期待が高まっている様子。原作を読んだことがない人も、唯一無二の松井ワールドを心ゆくまで堪能してほしい。

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