小説家・原田ひ香 × 料理家・SHIORI 対談 「自分が食べたいものを自分で作れるのはとても幸せ」
自分が食べたいものを自分で作れるって、こんなに幸福なことはない
原田:SHIORIさんにはちょっと起業家みたいなメンタルがありますよね。元気がないとき、疲れたときに食べるものって何かありますか。
SHIORI:決まったものはないですが、パワーの源はやっぱり食と睡眠ですね。
原田:私の場合、元気を出したいときには焼肉で、疲れたときにはにゅうめんかな。あったかいおそうめんに卵をたっぷり入れるか、入れないでただネギだけでサラサラといくか、おつゆも和風が普通だけど、中華風にしてもいいし。そんな感じで、食べたいときに自分が食べたいものを作ります。
これって、主婦、家事を担う人の特権でもあると思うんですよ。ときには作るのが面倒くさいときや疲れていて何も作りたくないときもあるけど、自分がそのとき食べたいのが餃子だったら、餃子がぷっくりしたお肉いっぱいの餃子なのか、野菜たっぷりなのかとか、細かい部分も含めて自分で決められる。女の人が長生きするのはストレスが少ないからと一説では言われているそうですが、ひょっとして自分が食べたいモノを好きなときに自分で作れることもあるんじゃないかと思いました。
SHIORI:私も生徒さんに自分が食べたいものを自分で作れるって、こんなに幸福なことはないですよと伝えています。料理教室でもたまにタコスやちまき、手打ちパスタなどを作るんですが、正直、作れなくても人生なんら問題はない。でも、いつもは買ったり外食で食べるのが当たり前だったものを自分でも作れる喜びや、そうして自分が作ったものを誰かと一緒に食べる楽しみが得られ、人生が豊かになると力説しています。
原田:1週間ぐらい前にイチゴジャムを作ったんですけど、激安の八百屋さんで1箱にしようか2箱か迷って見ていたら、たぶん私と同じことを考えてイチゴを見ているおばあさんと目が合っちゃって。それで、「いちごジャムにするんですか」「美味しいわよね」「1箱にするか迷う」「最後にレモン入れると美味しい」なんてやりとりをしました。ホームベーカリーで手作りパンを作って、イチゴジャムたっぷりとバターをのせて食べました。美味しいし、お話ししたのも楽しかったし、豊かな気持ちになりました。
SHIORI:ひと手間加えることも、豊かさですよね。私の場合、水気にはうるさいんです。水気を残したまま料理すると、そこから水分がどんどん出て、全体が水っぽくなってしまい、味もぼやける。だから水気はしっかりとります。サラダもスピナーで水気を切って、食べる少し前に冷蔵庫で冷やすだけでパリッとした葉物の美味しさは全然違いますから。魚とか肉なら、水分をしっかりとると、臭みも取れるし。あとは下味ですね。
『定食屋「雑」』のぞうさんは揚げ物のバッター液に塩コショウしないですよね。素材に下味をつけず、液体に塩を入れてしまうと、結構な量の塩が必要になって、それでも味はぼやけてしまう。そうした私が常日頃考えているこだわりと、ぞうさんのひと手間が共通していて、シンパシーを感じました。
原田:簡単料理も、昨年くらいに簡単の底が抜けて、今は少し揺り戻しが起こっているんじゃないかな、と思います。ひと手間の良さは広がっていくんじゃないかなと。
日本の誇るべき食文化を受け継いで、大切に守っていきたい
SHIORI:その一方で、私が危機感を覚えるのは、まだまだコスパタイパみたいなものに引っ張られ続けるんじゃないかということですね。日本の伝統料理がどんどん失われている中で、例えばおせちを食べない、作れない方が増えていて、おせち離れが深刻化していると感じるので、私たち30代40代が日本の誇るべき食文化を受け継いで、大切に守っていきたいという思いはあります。『定食屋「雑」』の中にもおせちが登場していたのが印象的でした。
原田:私も、子どもの頃はおせちではきんとんしか食べるものがないと思っていたんですけど、今はどれも好きで、お正月はおせちを食べながら日本酒飲むのが楽しみなんですよ。伝統文化で言うと、ご縁があって全国漬物コンテストグランプリの審査員をやらせてもらっているんですが、お漬物がだんだん少なくなってきている中で、今年は農業科や栄養食品科などから中高生・大学生からの応募がたくさんあったのは嬉しかったですね。漬物は塩分が多いとよく言われるけど、野菜とカリウムを一緒にとるから、塩分は排出されるし、ラーメンやお蕎麦に比べると、実は塩分は少なめだそうです。漬物とも大切な文化として残していけたらいいなと思います。
SHIORI:私の場合、「また食べたい」と、自分も相手も思える味を作ることを大切にしています。それは奇抜なものじゃなく、定番料理で。定番料理はみんな食べ慣れているから、正直、味の想像がつくじゃないですか。だから、感動ってあまりないと思うんですが、例えば唐揚げなら、自分がイメージした唐揚げを超えてきたときに感動が生まれると思うんですね。ぞうさんの唐揚げも、よくある調味料だけで作っているけど、衣の付け方のこだわりがやみつきになって、また食べたいとみんなが思う。そういうことだと思うんです。定番料理でもどこか光るものがある、記憶に残るレシピを目指して作っています。
原田:私は、最近忙しくて疲れてイライラしてすることもあるので、美味しいものは作りつつ、不機嫌にならないようになりたいと思っています。今後の人生を考える上でも、自分の中で、ここまではできる、ここからはできないみたいな線引きをちゃんとして、料理も頑張りすぎないでやっていくことを考えていきたいですね。
■書籍情報
『定食屋「雑」』
原田ひ香
価格:1,760円
発売日:2024年3月21日