ニットデザイナー三國万里子が語る、編むことと書くこと「人間はきっと、自分の思いを外に放つべく作られた動物」

素敵なものの中に、作った人の存在を探す

――エッセイでは、手仕事で作られたものに対する描写の細かさや尊敬の眼差しが印象に残りました。 

三國:ものって作った人の考えがそのまま出るので、ものの中に作った人の存在を探す習性があるのだと思います。素敵なものを見つけると、いつもすごく、じいっと見ます。 

――「腕時計」のエッセイに登場した「へびこさん」は、今日もつけていらっしゃいますね。

三國:1950年くらいに作られた時計ですけど、当時は小さければ小さいほど技術があると言われていたんですって。こんなに華奢なので、転んで手をついた時に一度、風防(文字盤を覆う透明なパーツ)が割れてしまったんです。今の時計ならそのくらいでは割れやしないんだけど、これはあっという間でした。全然わからないぐらいに直ってよかったです。 

――本の表紙になっている人形はオーダーメイドで、そのセーターは三國さんが編んだそうですね。

三國:この人形はロシアの作家さんにお願いしました。最初はすべてお任せするつもりでしたが、「何かリクエストはありますか」と聞かれたので、本の内容と、「顔がちょっと丸顔だったらうれしいな、だけど日本人に寄せる必要はありません」と伝えました。この本には私の子どもの頃の話がたくさん出てきて、彼女が育っていく成長譚でもあるので、少女らしい姿だといいなと思ったんです。 

 洋服は私が作りました。根っこがあって、葉っぱが伸びて、花が咲いて、実がなって……セーターに施した刺繍の柄が、一人の女の子の成長をあらわすつもりで作りました。 

――人形とセーターがぴったりで、見るほどに素敵です。三國さんにとってのいいものづくりとは? 

三國:昔、ある大御所の写真家の方から「心を込めてものを作っているかい?」と聞かれた時、私は「いいえ、心は込めてないけど、エネルギーは込めてます」と答えました。若い頃、心を込めて何かをするのって精神論みたいで嫌だったの。だけど、やっぱり間違っていたと思う。ものを作ることを20年続けてみて、それ以外のことではありえないんだなとようやく思うようになりました。 

 エネルギーにプラスしてモラルがないと、人に渡すものとして決定的に不足していると今は考えています。その時は意識できていなかったのね。エネルギーだけがあって我が強いものを作っても相手が受け止めきれないかもしれないし、相手のことを考えて、これならきっと大事に使ってくれるだろう、うれしく毎日飽きずに使ってくれるだろう、と心を働かせて作ることが、いいものづくりのためには大事なんだと思っています。 

編む時間より読む時間のほうが長い

――エッセイでは、ご自身の半生や感じたことを丁寧に綴った文章も心に残りました。やはり本はたくさん読まれるのですか。 

三國:小さい頃から考えれば、私の人生の中では編んでいる時間より本を読んでいる時間の方が長いと思います。今、本が売れない売れないって編集の人は言うけど、私こんなに買ってるのにって(笑)。本を読んで、その世界を自分なりに立ち上げることはひとつのクリエイションだと思うんですよ。一人遊びが好きな私にとって、本は格好のおもちゃであり続けています。 

――好きな作家はいますか? 

三國:大正・昭和期の作家が好きですね。10代の頃によく読んでいたのは岩波文庫の緑帯の中勘助や、寺田寅彦の文集。他にも日本文学全集に出てくるような人たちを読むのが好きで、森茉莉や赤瀬川原平にハマッて全部読んでみたこともありました。大学ではカート・ヴォネガットやジョン・アップダイクなどのアメリカ文学も読んだし、ラテンアメリカ文学もその頃流行っていたのでガブリエル・ガルシア=マルケスも好きでした。挙げるときりがないのですが、浮世離れしたところのあるようなものが好きかな。 

 今はデイジー・ムラースコヴァーさんというチェコの作家の『なかないで、毒きのこちゃん―森のむすめカテジナのはなし』という、児童文学を読んでいます。「きのこは踊る。ぱぱ らぱ おどどー」という一節が素晴らしくて、最初原書を買ってから訳書も買いました。きのこが踊るという場面でこの表現が出てくるの、素晴らしいと思わない? 感動しちゃって、取り憑かれたように読んでいます。 

――たくさん読んできたことは、書くことにも影響を与えていますか? 

三國:そうですね。エッセイを書きはじめると何十年も自分の口から出したこともないような言葉がいっぱい出てくるので、びっくりしました。私たちは口で話す言葉と、書く時に使う言葉って意外と違いますよね。体の中にいつの間にか蓄積されていた言葉が、こうして出てくるんだと面白かったです。「書く」という一つの運動なんですよね。手を動かして、体を使って考えているのが「書く」ことなんだと思いました。 

――最後に、今後やってみたいことを教えてください。 

三國:51歳になって、次なにしたい? って訊かれるの、いい気分です(笑)。次は、この本とは違うことをやってみたいですね。私自身が経験しながら、勉強しながら新しいものを造り上げていくような「書くという経験」をしたいです。記憶を掘り起こして書くことができるのは今回で分かったから、違う遊びがしたいわって感じかな。

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