アメリカ文学者が選ぶ「2021年コミックBEST10」 心の機微をすくい取るような作品たち
2021年コミック・ベスト10 (大串尚代)
1位 『大奥』よしながふみ(白泉社)
2位 『セクシー田中さん』芦原妃名子(小学館)
3位 『WOMBS CRADLE』白井弓子(双葉社)
4位 『バクちゃん』増村十七(KADOKAWA)
5位 『後ハッピーマニア』安野モヨコ(祥伝社)
6位 『おとなになっても』志村貴子(講談社)
7位 『ブルーピリオド』山口つばさ(講談社)
8位 『違国日記』ヤマシタトモコ(祥伝社)
9位 『夫は実は女性でした』津島つしま(講談社)
10位 『ワンオペJOKER』宮川サトシ/後藤慶介(講談社)
■これまでの「2021年コミックBEST10」
島田一志 編:『ルックバック 』という収穫
飯田一史編:1位は読み切りの少女マンガ!
ちゃんめい 編:『フールナイト』が描く衝撃の世界観
関口裕一編:漫画家への感謝の念を抱く作品たち
若林理央編:漫画表現のさらなる可能性を感じた1年
立花もも編:この作品を読んでこなかった自分が恥ずかしい!
白石弓夏編:ヒロインをどれだけ愛せるかがキーポイント
連載期間16年の『大奥』が完結
1970年代に流行したオトメチックマンガのコンセプトは、「そのままの君が好き」というものでした。ドジでみそっかすで取りたてて取り柄のない自分、でもそんな自分を「好き」と言ってくれる人がいる——そういった少女マンガを読んで育ったわたしは、オトメチックマンガに勇気をもらいながらも、同時に「そのまま」では立ちゆかないこともあるだろうな、ということもまた、うすうす気づいていたりもしていました。
「そのままでいい」という希望と「そのままではいけない」という気持ちのバランスを取りながら毎日を過ごすのが「おとな」になることなのかもしれません。オトメチックマンガの流行から半世紀(!)ちかく経った現在、幸せな結末にゆるやかに導かれる作品だけではなく、登場人物たちが迷いあがきながらどう生き抜くのかを重点的に描く作品に惹かれます。ここに選んだ10作品のタイトルを眺めていると、どれも日々自分の気持ちに迷いを感じたときに相談相手になってくれるような、そんな作品群となっていることに気がつきました。
連載期間16年におよぶ、よしながふみの『大奥』が完結したことは、2021年でももっとも印象深いことのひとつでした。男性のみが罹患する流行病が猛威をふるい、そのため徳川将軍のほとんどを女がつとめながらも、男名で記録されるという歴史改変物語である本作は、世の中は単に男女を入れ替えればすむものではないこと、つまり性差の問題はつねにすでに非対称であることを見せつけます。自分自身の欲望よりも、置かれた立場を優先させて生きなければならない登場人物たちの姿を見て、この16年間に何リットルの涙が読者の目からあふれ出たのかと思わずにはいられません。「きっとどの将軍もひとりひとり精一杯生きて 悲しみ苦しみとともに喜びも味わったはず」という女将軍・家定の言葉(15巻)が心に響いてまた泣いてしまいます。
増村十七『バクちゃん』は、「バクの星」から地球にやってきたバクちゃんが主人公。バクちゃんが持ってきたのは一時労働ビザと夢のかけらだけ。満員電車で困っていたときに名古屋出身のハナと出会い、そこからいろんな人との交流が始まります。ブンカの違う地球での暮らし、困っているバクちゃんを素通りする冷たい都会の人々、永住権獲得のための高いハードル。ほんわかとした絵柄ながら、現在の日本における移民やナショナリティ、外国人労働者といった問題に切り込んだ作品です。地球にいる移民のひとたちのコミュニティを見つけたバクちゃんは、自分がどうありたいのか、どこにいたいのかを模索します。
もちろん、自分がどうありたいか、という問いは、簡単なようで難しい。自分の見失うことにかけては右に出るものはいないヒロイン、シゲタカヨコが『後ハッピーマニア』で戻ってきました! シゲタとフクちゃんのあの絶妙な掛け合いの健在ぶりに読んでいるこちらもテンションがあがります。ある意味でシゲタは「あるがままの自分」をさらけ出す天才なのですが、どこかで「これじゃいけない」ということもわかっています。ぐじゃぐじゃ考えるそんな自分を笑い飛ばす客観的な視点をもちつつ、でも自分がどうしたいのかわからない。そんなシゲタも45才になっていて、読者といっしょに年を取っていくリアルさがいい。そしてなぜかやっぱりシゲタを見るとこちらの気分があがる。彼女の絶対にへこたれないパワーが心地いい(心配だけど)。