【漫画】川の向こうの信号はなにを伝えている? 漫画『サイレント・シグナルス』の問いかけ

イトイ圭氏が大切にする「共有したくないという気持ち」

ーー文学作品を読んでいるような感覚を覚えた短編漫画でした。創作のきっかけを教えてください。

イトイ圭:スピッツの「水色の街」を参考にして創作しました。そのため私にとっては物語というよりも、ミュージックビデオのような作品です。

 本作は逃げ道がある世界はいいなという思いから、自分の世界から外の世界に行くことを描きました。主人公のいた街は隔たりのある空間ですが、川の向こう側の世界という逃げ道が存在していることが本作における希望だと思っています。

ーー光を用いて交流する様子を描いた背景について教えてください。

イトイ圭:タイムラグがある通信方法について考えたかったためです。私は携帯電話と言えばガラケーであった世代であり、新着メールが入っていないかと確認したりなど、当時はメールが届くまでの待ち時間に楽しさやもどかしさといった、気持ちの揺れ動きを感じていたと思います。モールス信号を通じてタイムラグのある通信を描けた点はよかったです。

ーー本作で描かれた主人公のその後について教えてください。

イトイ圭:主人公の未来についてはあまり明言したくないと思っています。不安もあるかと思いますが、わからないことは楽しいことであると考えているからです。

 街を抜け出したあとに何があるかはわかりません。ただ、隔たりを超えて変化していくということは確かな未来だと思います。もしかしたらずっと川の向こう側にいるかもしれないし、再び変化するかもしれません。ずっと川の向こう側で過ごすことも、主人公にとってはひとつの変化だと思います。

ーー主人公の名前は作品を象徴するものであったかと思います。

イトイ圭:後付けのようになってしまいますが、向こう側にいた男性が自分に興味をもってくれたことによって、はじめて自分の名前を伝えられた瞬間が最後のシーンです。その経験から、これからは主人公が発信することを続けていくのかと思います。

ーー本作を読むなかで、イトイさんの描かれたほかの作品に登場する、言葉以外の部分でコミュニケーションをとる様子を思い出しました。

イトイ圭:文字情報だと伝わらないことって結構あると思います。とくにインターネットだと文字などの記号的な情報が占める割合多くなってしまうので。本作だと、主人公と相手方である男性との伝え方や伝わり方の差から生まれるもどかしさが、お互いの不器用さを表しているのかなと思います。

ーーイトイさんの作品には人のつながりを描いたものが多いと感じています。

イトイ圭:私は関西に住んでいるのですが、ノリで話すといいますか、グルーヴ感といいますか、言葉ではなくリアクションでコミュニケーションをとることがよくあります。とくに親密になると言葉だけではなく、言葉の“間”からふざけているのか、真剣なのかがわかるので。そんな“間”を大切にしたいと思い、漫画では台詞やモノローグではなく絵やコマ割りによって表現しています。

ーーコミュニケーションの“間”を描くうえで意識していることを教えてください。

イトイ圭:説明口調にならないように気を付けています。少年漫画でよく見かける「あいつがくるぞ、危ない」だったり、少女漫画の「○○くんにドキドキした」といった表現が私の作品にはあまりないので、編集者さんや読者さんにとってはわかりづらさを生む点だとは思いますが……。

 これまで私は本、とくに純文学に多く触れてきました。活字を読むなかで、説明口調でなくても伝わるニュアンスを感じてきたため、私は説明せずに伝わるものを絵のバージョンで描いているのだと思います。わからないことに不安を覚え解明しようとするのではなく、私はわからないことが単純に面白いと思ったり、興味が湧いたりすると思うので、これはなんだろうと思うようなことをあえて描いたりしています。

ーーイトイさんが人のつながりについて考えることを教えてください。

イトイ圭:ここ数年、インターネットやSNSでは共有という言葉が増えたと思います。しかし共有したくないという気持ちもすごく大切だと思うのです。拡散したくない気持ちをこの人だけに伝えたいといった、1対1で共有したいという気持ちもあるといつも感じています。

ーー様々な情報を共有しやすくなった世の中だからこそですね。

イトイ圭:誰しも同意してほしいという気持ちはあるとは思いますが、この気持ちは私だけのものにしたいという思い。誰かに易々と「わかるわかる」と言ってもらうのではなく、わかってたまるかと思えるような気持ちも大切なのかと思います。

 自分だけが知る気持ちを自分自身が言語化できなくてもよくて、そんな気持ちをわかってほしいというわけでもないけれど、だれかに伝えたい。そんなつながりも大切だと思います。

ーーイトイさんの気持ちは作品に反映されているのでしょうか。

イトイ圭:漫画で描きたいこととは別に存在しています。私の友だちは私に関心のない人が多く、私の漫画を発売日も知らないことがほとんどで。私に関心をもってくれない友だちの攻略できない感じが楽しくて、私は自分の気持ちを知ってもらうために友だちへ歩み寄っているのだと思います。

ーー今後の活動について教えてください。

イトイ圭:マイノリティやメンタルヘルスに関心があるのですが、ここ最近では指向や症状に名前がつけられることが多いと感じています。名前があるとまとめやすいですが、1人ひとりの性格を表しているわけではないと思うので。これからも名前のつかない感情、言動、関係性を描いていきたいです。

ーイトイさんがそのような曖昧なものを描きたいと思う理由を教えてください。

イトイ圭:名前のつかない感情、言動、関係性を描くことで読者の方に「自分も当てはまる」と思ってほしいわけではありません。誰しもがまとまった性質では表せない、病名のつかない病のようなものをもっていると考えているからです。それに気づいてほしいわけではなく、「それがある」ということを描きたいです。

■関連情報
イトイ圭さんの手掛ける『おとなのずかん 改訂版』は12月27日売り『週刊スピリッツ』(小学館)4・5合併号より連載開始します!

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