怪異蒐集家・中山市朗が語るコロナ禍と怪談 「平和な世の中だからこそ恐怖が楽しめる」
平和な世の中でこそ楽しめる恐怖心
――コロナが蔓延し出してからの世の中は、怪談以上に不信感の募る状況になっていますよね。
中山:目に見えないものと戦っていると思うと、怪談に近い恐怖感はありますよね。憶測も飛び交うし、何が本当か分からない。まぁ、リアルなところに得体のしれない恐怖があったら、怪談なんて楽しんでいられないですよね。
日本では、幕末から明治にかけて、「百物語」という伝統的な怪談会が文豪たちによって開催されたり、多くの書物が書かれたりと怪談ブームが起こりましたが、昭和に入って戦争が激化してからそのブームは去りました。本当に人が大量に殺されたり殺したりしている時は怪談どころじゃない。終戦後の高度経済成長期も、しばらくは経済第一主義な世の中だったので怪談噺は語られず。1960〜70年代頃に中岡俊哉さんあたりがテレビでオカルト現象を語るようになったり、水木しげるさんやつのだじろうさんが漫画で妖怪や心霊を描いたりしてから、徐々に怪談文化が立ち直ったんですよね。
――昔から、混沌としたリアルのなかでは、怪談が遠ざけられる傾向があったんですね。
中山:その後で言うと、バブルが崩壊した90年代は、景気も悪くなりましたし、みんな何を信じればいいのか分からなくなって、困惑気味の世の中だったと認識しています。ユダヤの陰謀論が流行したり、新興宗教にハマる若者が出始めたりして、その新興宗教による大きな事件が世間を賑わせましたよね。現世主義とは何か違うものを宗教に求められていたのが一旦崩壊して、2000年あたりから、今度は怪談が流行り出したんですよ。不可思議なもの怪談で楽しむことを知った。それが平和的だとみんなが思いはじめたんじゃないですかね。『新耳袋―あなたの隣の怖い話』(1990年刊行の木原浩勝との共著であり、中山の作家デビュー作)が『新耳袋・現代百物語』としてメディアファクトリーから復刊したのもその頃でした。つまり怪談っていうのは、平和な時代に流行る芸なんですよ。
編集:実際に、今回コロナでリアル世界が不気味な状況になってしまったことにより、また怪談を楽しむ余裕がなくなってしまったんじゃないかっていうのは、ずっと中山さんとお話していて。でも、本作を刊行したあとに、既刊の『怪談狩り』が3冊一気に重版したんですよ。昨年に比べて今年は少し余裕が出てきたのか、やっぱりみなさん、山中さんの『怪談狩り』を待たれていたんだなぁという実感はありましたね。
――ポジティブに捉えると、次第に人々が平穏な日常を取り戻しつつあるからこそ、YouTubeで怪談を語る人が増え、怪談需要を実感できたという可能性もありそうですね。
中山:そうだといいですよね。まぁ、コロナもいつかは収束するはずですから。そうなったとき、今以上に若手の怪談語りの勢いが増して、怪談界に新しい流れが生まれるかもしれないですね。
ただこの先カルチャーとしての怪談に変化があろうとも、どこかで誰かしらが不可思議な体験をするんだろうし、日本人が存在する限り怪談は永遠不滅だと思っています。もし、目に見えないものに対する好奇心や恐怖心が人々のなかで薄れ、怪談が語られなくなる日が来るとしたら、多分その時代に生きているのは、僕らが知っている人間ではないんだろうね。もうひとつ上の層に存在する新たな人間なんかなぁ(笑)。
――今の流れのまま、今後、さらに怪談を楽しむ人が増えてほしいものです。怪談に触れてこなかった人からすれば、ただ怖いだけのコンテンツのように思うかもしれませんが。
中山:怪談を怖いと思うのは当たり前の感覚です。だから、怪談を楽しんでいる人がみんな怖くないかと言ったらそうじゃないんですよね。僕も、大学生の頃は普通に怖がりでしたから。今はもう麻痺してしまって、何が怖いのか、よう分からんのですけど(笑)。でも、怖がれたからこそ怪談の面白さを知れたし、怪談を書くことができたんだと思っています。
神や霊が本当に存在するかなんて分かりません。実体験もあれば噂程度のものもありますし、古典も、創作も、全部ひっくるめて怪談。みんな、目に見えない恐怖を想像して怖がっ足り不思議がったりしているだけなんです。だから、霊の存在を科学的に証明しようとか、そんな話じゃないんですよね。かつて「怪談を語るやつは霊感商法の片棒を担いでるんや」なんて言われたこともあったなぁ。そう思うと、昔よりかは今の方が断然平和で、いい環境下で楽しく怪談語りができるようになってきましたよ。
――不思議な話に少しでも興味がある方には、ぜひ本作から怪談に触れてみてほしいですね。
中山:ずっと書いてきた『新耳袋』もそうですけど、本作には「え、これって怪談なん?」って思うような、だけど不思議な、そんな話をたくさん収録しています。実話にこだわって、聞いた話は極力ねじ曲げずに物語化していますが、僕に話をしてくださった方が本当にそれを体験したのか、はたまたでっち上げを語っているのかは、確認しようがありません。だから、あまり怖がりすぎずに、純粋に「こんな不思議な体験をした人がいるんだ」と、あなたの知らない世界にゾッとする感覚を味わってもらえたらいいのかなと思います。