後藤護の「マンガとゴシック」第1回:楳図かずおのゴシック・マンガ――「赤んぼう少女」から「まことちゃんハウス」まで
マンガとゴシック
「ストロベリー・ヒル・ハウス」から「まことちゃんハウス」へ
ここで「ダリの男」という異色作に目を向けてみたい。醜い(と自ら信じ切っている)男が主人公で、憧れの美女が未亡人となった瞬間を狙って彼女の借金を肩代わりし、その交換条件として彼女を妻にすることに成功する。形だけでなく本当に自分を愛させるため、男はアンソニー・ヴィドラー言う所の「不気味な建築」というか、シュルレアリスム的(=ダリ的)なトンデモ建築に妻を閉じ込め、その建築の作用で徐々に彼女の美意識を歪ませ崩壊させていき、グロテスクな自分を最終的に愛してくれるように仕向ける。
具体的には女の部屋には床一面の目玉模様カーペット、ベッドには脳みそ型の枕(ほ、欲しい…!)など夥しい悪趣味オブジェ満載で、家の内装(インテリア)がこの奥さんの内面(インテリア)を歪めていったことが分かるだろう。「不気味なもの」と「家」はこのような共犯関係を結ぶのだ。とはいえそれ以上に問題なのは、よくよく考えればこのグロテスク極まりないびっくりハウスとは、作者本人が暮らす吉祥寺の「まことちゃんハウス」の等価物ではないかという点だ。
暗黒美学のゴシックホラーを描くマンガ家が、赤と白のボーダーの不思議な家に住んでいるチグハグ感。しかしこのチグハグ感こそがゴシック文化のキモなのである。元祖ゴシック小説と目される『オトラント城』(1764年)を書いたホレス・ウォルポールが暮らした名高いストロベリー・ヒル・ハウスもまた(当時にして)ヘンテコな時代錯誤のお城で、古物蒐集に狂った貴族のグロテスク趣味炸裂の珍品だらけで(なんといってもロココ風貝殻ベンチの悪趣味さ!)、「早過ぎたまことちゃんハウス」の様相を呈していたのだから。ウォルポールの小説も自宅のびっくりハウスぶりを身ぶりするように、超巨大兜が空から落っこちてきて人間をぐちゃぐちゃに潰す(!)など荒唐無稽なものだったので、まさにこの家あってこの作品あり。
ようするに寄せ集めと超細密描写とショック効果を狙ったゴシックの怪奇趣味が、「ダリの家」には顕著なのである。さてここまで来ると、ゴシックと踵を接するマニエリスム、すなわち「奇想の系譜」(辻惟雄)への道は拓けたようなものである。例の「楳図かずおゴシックホラー珠玉作品集」の『かげ〈映像〉』のさいしょの一頁目にも、「瞑目する細密で流麗な楳図マニエリスム」という謎めいた惹句があり、ゴシックとマニエリスムの血縁関係を予感させている。
というわけで、次回は「マニエリスム」「綺想」「笑い」「ピクチャレスク」などをキーワードに、さらなる楳図ゴシックの地下世界に潜っていく予定だ。
■後藤護
暗黒批評。著書に『ゴシック・カルチャー入門』(Pヴァイン、2019年)、『黒人綺想音楽史 迷宮と驚異(仮)』(中央公論新社、2021年予定)、『グレイテスト・ヒッツ・オブ・暗黒批評~音楽篇~(仮)』(Pヴァイン、2022年)。「キネマ旬報」「映画秘宝」「文藝」「ele-king」「朝日新聞」に寄稿。『機関精神史』編集主幹。 https://note.com/erring510 Twiiter: @pantryboy
■参考文献
・米沢嘉博『戦後怪奇マンガ史』(鉄人文庫、文庫版は2019年)
・中野純+大井夏代『少女まんがは吸血鬼でできている』(方丈社、2019年)
・『昭和の怖い漫画 知られざる個性派怪奇マンガの世界』(彩図社、2017年)
・『赤んぼう少女~楳図かずお作品集~』(角川ホラー文庫、1994年)
・『楳図かずお こわい本4 闇』(朝日ソノラマ、1996年)
『こわい本1 蛇』
『こわい本2 異形』
楳図かずお 著
定価:本体880円+税(1,2共に)
発売日:6月15日
出版社:KADOKAWA