森見登美彦が語る、愚かで愉快な青春 『四畳半タイムマシンブルース』はラムネみたいな小説に

森見登美彦が語る、愚かで愉快な青春

“書きながら考える”ことへの回帰が生んだ、夏のラムネのような爽やかさ

ーー原案つきの作品を書く難しさは、なにかありましたか? 

森見:そうですね……。映画のかわりに、明石さんを送り火に誘うかどうかを悩ませるとか、古本市を登場させるとか、書きだす前から入れたいエピソードを断片的には考えていたんですが、上田さんの脚本を綿密に場面分けして、細かいプロットを立てると、熱が冷めて書けなくなりそうだったので、なるべく決めずに書くようにはしていました。クーラーのリモコンを失い、タクラマカン砂漠のごとき熱帯と化した部屋で、“私”が小津と向かい合っているところに、明石さんが顔を出す。その最初のシーンだけを思い浮かべて、書きはじめて。「どのくらいのタイミングでタイムマシンが出てくるのか?」「いつ樋口師匠が起きてくるのか?」という展開については、書きながら少しずつ考えていきました。おおまかな流れ自体は、DVDを何回も観ているので頭に入っていますし、改めて確認したのも本当に細かいところだけじゃないかな。

ーーふだん、プロットは事細かにつくるほうですか?

森見:もともとはそうでもなくて、この数年、つくれるようになりたいと思って頑張っていたんですが、最近はまた、つくらないで書く方向に戻ってきました。今作の場合は、上田さんの戯曲ありきなので、好き放題というわけにはいかず、あらかじめ組み立てる部分はありましたけど、それでもできるだけ、最初からコントロールしすぎないで書こうとはしていました。

ーーそれは、経験のなかで、あえてプロットをつくらなくても書ける手ごたえみたいなものを感じたから?

森見:そうです、と言えたらいいんですけど……。「もはや、プロットは不要。書けば自然と落ち着くべきところに落ち着く」なんて言いたいところですが、あらかじめ考えたところで大したことが思い浮かばない、というのが実情です。どうも、自分でつくった枠に自分を縛りつけてしまうみたいで、書きながら考えていったほうが、予想外の方向に文章が膨らんでいく。たぶん、最初にプロットをつくってしまうと、書きながら考えるという作業をサボってしまうんだと思います。今は、構成をしっかりさせつつ、いいかげんさをもたせるには、どうしたらいいか模索中です。

ーー今作で、書きながら思いついてうまくいった場面などはありますか?

森見:そうですね……。ちょっとネタバレになってしまうんだけど、ラストのほうで、けっきょく“私”は明石さんを自分の意志で誘ったのか、それとも……みたいになるところがありますよね。あの不可思議な状況は舞台版にも映画版にもなくて、書きながら自然と生まれたもの。たぶん、書く前に頭だけで考えていては描けなかった場面なので、それはおもしろかったですね。

ーー不可思議といえば、この作品は全体的に不可思議で。「あのときこうしていれば」を目の当たりにして、過去の自分を叱咤しながら、一歩踏み出して行動してしまうと、現実が生まれてしまうために何もできない。それでいて、『~神話大系』にもあったように、どんな失態も後悔を経たとしても、必ず“今”に繋がってくるという……。あれ? けっきょくどうするのがよかったんだっけ? と困惑しつつ、その困惑がすごく楽しかったです。

森見:そこで一歩踏み出さなきゃいけないことを今の自分はわかっているんだけど、過去の自分にそれをされては非常に困ってしまうという……。そういうモヤモヤした状況も、タイムマシンがあるからこそ生まれてきたもので。僕も書いていておもしろかったですね。

ーー書き終えて、ふりかえってみて、いかがですか?

森見:夏のラムネみたいな小説になったなあと思います。ここまでシンプルで爽やかなテイストは、もしかしたら初めてかもしれない。『夜行』や『熱帯』みたいに、最近は読み心地だけでなく、書いている僕がまいっちゃうようなヘビーな作品が続いていましたからね。風通しのいい作品になったのはうれしいですし、上田さんのおかげだとも思います。上田さんの戯曲をどう再現するか、ということには苦心したけど、「もっと煮詰めなきゃ」と自分の内側に閉じこもるようなことはなかったので。

ーー“私”が抱えているものとは少し違いますが、閉塞感を抱えていたり、停滞している日常に思い悩んでいる人たちが多い今、心に爽やかな風を吹かせてくれる小説だと思います。正当化とおっしゃっていましたけど、抜け出せない日々のなかにあるのは、焦りと鬱屈だけではない、と。

森見:そう……ですね。先ほども言いましたけど、僕自身が大学時代に体感していた感覚が強く描かれているので、今の人たちが抱えているものとどれだけ近いのかはわかりませんが……。反復する日々に魅入られる気持ちと、でもその反復をずっと続けていると腐ってしまうという焦り。矛盾した二つを孕んでいるのが青春なのかな、と思います。今でもよく覚えているのが、四畳半で暮らしていた大学生時代、夜中にこそこそ起きだして、近所のコンビニに寄ってから、24時間営業の本屋さんに行っていた日々のこと。2時、3時でも必ず立ち読みしている学生がいて、それを横目に僕も本を物色する。めちゃくちゃ楽しいけど、こんなことしていたらダメになるというのも、わかっていた。今のままでいいとは思っていないけど、今が無価値だとも思っていない。いずれは出て行かなきゃいけないことはわかっているが、もうしばらくはここにいたい。……その感覚を追体験できるのが、小説家のいいところだなと思います。ぜひ皆さんも、『四畳半』の仲間たちと一緒に、愚かで愉快な青春を味わってみてください。

■書籍情報

四畳半タイムマシンブルース
『四畳半タイムマシンブルース』
著者:森見登美彦
原案:上田 誠
定価:本体1,500円+税
発行:株式会社KADOKAWA
特設サイト:https://kadobun.jp/special/yojohan-timemachine/
公式ツイッター:@4andahalf_tmb(https://twitter.com/4andahalf_tmb

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