LEX『SPEEDSTAR』が映す“簡単に理解されない”というスター性 摩擦する衝動と野心が生む新時代の速さ
「単に自分の気に入っているものを自分なりに組み合わせているだけさ」(※1)
ニューヨーク、アッパーイーストサイド出身のラッパー/プロデューサーのゼイヴィアソーベースドはインタビューでこう言及している。新世代のアンダーグラウンドの象徴的な存在とも言えそうな彼の音楽は、ヒップホップのクラシカルなスタイルではないが、確実にその断片と、インターネット普及以降の音楽的な感覚を、率直かつ切実に組み合わせている。全てが等しく波の様に押し寄せる情報過多、注意散漫な感覚を同時代的なものとして閉じ込めている。
「インターネット普及以降」をもう少し詳しく説明すると、アンダーグラウンドの存在拠点が、ストリートと分裂してインターネットに宿ったある世代がある。SoundCloudやYouTubeに散乱した才能の萌芽。そして路上で築かれていくフィジカルでローカルなコミュニティと同時に、オンラインでフォローしあい共鳴するアーティスト同士でデータを送り合うコミュニティ感覚。そういった繋がりに宿るのは新時代的なスピード感と雑多さだ。
つまり、時代や世代を超え、音楽のテクスチャー、言葉、スタイルに至るまでの全てを含んだ混在感覚。それはまるで、イメージや音源がランダムに流れていくインターネット世代の感覚を体現しているようだ。そういった感覚をもう少しわかりやすく浴びたいのであれば、まずはゼイヴィアソーベースド、チェ、オサマソンなどの作品を順番に聴いてみることを推奨する。そこには、USのメインストリームのトラップミュージックとは全く違う焦燥、生々しさ、そしてあらゆる時代を溶かし新しいものとして提示する“同時代感”があるだろう。トラップ、レイジ、ジャーク、プラグと、ジャンル名に括り体系的に語ることと同様に、先述したような基本の感覚は、彼らの一面的ではない音楽を読み解くうえでまず重要になってくるところだろう。
USとの同時代性/越境性を持つLEX
彼らに負けず劣らずLEXも速かった。日本国内においてこれほどまでにメインストリームの感覚とアンダーグラウンドな感覚を、越境的に同居させているアーティストは決して多くないだろう。新作『SPEEDSTAR』はApple Musicのインタビューで「いちばん最初の気持ちって、ただ純粋に音楽を楽しんでる自分がいたことに気づいて、そういう作品を出したいなと思いました」(※2)と本人自身が言っているように、音楽制作の初期衝動のようなものを感じる作品だ。そういった発言を、最初のゼイヴィアソーベースドの発言に繋げることもできるが、そこから出来上がった音楽が、サウンドやスタイルとしても、上記のニューウェーブを作り出しているアーティストたちの作品群と肉薄していることは、偶然ではなく必然ではないだろうか。
LEXの今までの音楽は新世代のミックス感覚に溢れていて、そこから歴史を遡ることも、新たな歴史の地図を書き足すことも可能な、そういう折衷的な作品ばかりだった。ロックスター的なスタイルを参照していたことはプレイボーイ・カーティのようなUSのラッパーとも共鳴するが、たとえば、グランジの焦燥的でひび割れるようなベースのサウンド的な参照からムードとしてのエモの継承、カート・コバーンのポップアイコンとしての引用と、Nirvanaを表層的な部分と精神的な部分に至るまで自分の音楽に浸透させていることは、彼の独特な趣向性が具体性を持って表出している部分だろう。英語と日本語をミックスした言語的側面、あるいは歌唱に宿る不安定さ、幽玄性は彼の作品にある浮遊感に説得力を与え、サウンドのコンセプトと一体化する。過去の音楽、カルチャーの意匠を正統に受け継ぎ、散りばめながら独自の音楽に昇華させていく様こそ、前述のUSアンダーグラウンドのアーティストたちのオリジナリティと肩を並べる理由だ。
そこを踏まえ『SPEEDSTAR』は、LEX的な衝動と野心が摩擦するような作品に仕上がっている。一見してまばらとも言えるような、多種多様な曲が詰め込まれているにもかかわらず、ムードを統一させ、約20分というコンパクトな尺を駆け抜ける。浮遊感のあるシンセサイザーと重低音でストリートに地割れを起こすようなベース音、ジリジリとした電子音。甘い瞬間とこちらを突き刺すような鋭利な瞬間。リスナーを落ち着かせず、さまざまに景色を、姿形を変えていく。短いながらも、LEXのこれまでの作品以上に散漫で、しかしだからこそ成り立っているというような、そういう体系化されることを拒むような意思すら感じさせるアルバムだ。
引用もけたたましい。ゲームや映画はもちろん、マリリン・モンローからスヌープ・ドッグ、エイサップ・ロッキーまで歌詞のなかにも現実の幅広いポップアイコンをネームドロップし、ある種の時間軸を破壊、散乱させている。そこに感じるのも衝動と野心だ。
確かに、Sieroと組んだ「センス feat. Siero」は、レイジミュージックの感覚を本作中最も率直に取り入れ、洗練させた楽曲だし、終盤の「ELDEN RING」から「リーリエの手紙」の流れは、彼のメロディセンスの高さを堪能できる楽曲だ。そのなかで、たとえば「NEWDAY」のトラックはジャークサウンドでありながら、音の重ね方、テクスチャーの粗さがあえて不思議な感触をキャプチャーする。LEXの音楽性のキャッチーな側面と先鋭性が融合し、カオティックに並べられているようだ。
そういったLEXの今回の作品は、ふとストリーミングのおすすめ欄に現れ再生ボタンを押したときに、速攻でプレイリストに追加され、消費されきられないような何かがある。この作品にすぐ入り込めない人がいるのも不思議ではない。むしろその消化できなさこそが、この作品の価値なのだろう。そして、その簡単に理解されないことこそが彼のスター性だ。そういった触りづらさこそが、今のアルゴリズムが支配する世界で反骨的に映る。インターネットがリアルの一部になり、カルチャーとして繁栄していくなかで、そのインターネット的な効率性に反旗を翻す。つまり『SPEEDSTAR』は、その名が表している通り、新時代的な速さを持っているのである。
※1:https://www.interviewmagazine.com/music/new-york-belongs-to-xaviersobased
※2:https://music.apple.com/us/station/lex/ra.6781342388


























