歌声分析 Vol.8:なとり UGC発ヒットの先へ 『深海』で露わになったボーカルの転換点、“声の役割”の進化
歌声分析
アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。
連載第8回目となる今回は、シンガーソングライター/音楽クリエイターのなとりを取り上げたい。
「絶対零度」、「セレナーデ」……“空気を作る声”から“構造を動かす声”へ
なとりが初めて各音楽配信サブスクリプションサービスでリリースした「Overdose」(2022年)は、UGC(ユーザー生成コンテンツ)を起点に拡散され、ヒットとなった。それまでSNS発のヒットは一過性の流行として消費されがちだったが、なとりはハイクオリティの楽曲をハイペースで発表し続けることで、単なる“バズ”で終わらないアーティストとしての地位を確立したのだ。
その後、1stアルバム『劇場』(2023年)でのアートワークへの強い意識、初ワンマンライブのチケット即完などを通して存在感を発揮。SNSを通じてリスナーの日常に入り込み、そこからアーティストとしての自分を立ち上げていった点も、なとりの大きな特徴だ。
2026年1月21日にリリースされた2ndアルバム『深海』は、そうした歩みの延長線上にありながら、ボーカリストとしての立ち位置が明確に変化した作品である。「Overdose」での歌声は低音域を基軸に抑揚を削ぎ落としたフラットな質感を持ち、楽曲の空気を作る役割を担っていた。一方『深海』では、声がサウンドの中に留まらず、楽曲の流れや構造そのものを動かし始めている。
本稿では、『深海』収録曲を中心に、その変化を具体的に見ていきたい。
まずは「絶対零度」(2024年)。バンドサウンドを軸にしたこの曲では、中高音域を中心に刻まれる歌唱が印象的だ。語尾を曖昧にせず、フレーズの終点を残すことで、歌声がリズムを牽引する。『1st ONE-MAN LIVE「劇場」』で、バンド編成で披露された際、その音圧やパフォーマンスから、「あらかじめ完成された打ち込み音源(トラック)に歌を当てる」というデジタル完結の発想とは異なる楽曲であることが明確にわかった。以降の作品では、ライブで得た身体感覚がサウンドメイキングや歌唱表現へと還流していく。
「プロポーズ」(2025年)は、輪郭のはっきりしたメロディが際立つミドルテンポの楽曲だ。ここで顕著なのは母音の扱いで、デビュー時に見られた“言葉を溶かすアプローチ”とは異なり、声の芯を残している。言葉が空気に溶けず、「何を言っているか」が自然に聴き手にわかり、言葉を伝える歌唱へと明確に舵を切ったことがわかる。
「セレナーデ」(2025年)は、16分音符が跳ねるリズム感が核となる1曲。エレクトロスウィングに近い感触を持ち、4つ打ちのビート感を保ちながら、要所でハイテンポなスウィングジャズ的フレーズが差し込まれる。ホーンアレンジや転調も躍動感を増幅させる要素だ。声をリズムの一部のように配置してるが、言葉を立てすぎず、流れるような歌唱を繰り出しているのが印象に残る。























