『べらぼう』堂々の完結へ 作曲家 ジョン・グラムが振り返る、蔦屋重三郎らの人生と江戸文化に寄り添い続けた音楽制作秘話

ジョン・グラムが振り返る『べらぼう』

後半部における歌麿は、ひとつ象徴的な存在だった

ジョン・グラム

ーー「一世一代の挑戦」については、どうでしょう? この曲はやはり、物語のクライマックスで使用される曲なのでしょうか?

ジョン:どうでしょう(笑)。ひとつ言えるのは、とてもパーカッシブな、激しい感じの一曲になっているということです。これまで私が書いてきた『べらぼう』の曲の中には、「江戸の鼓動」や「夜明けの鼓動」など、非常にリズミカルで、ロックっぽいエネルギーを持った曲がいくつかあるのですが、すでにそういう曲がある中でーーこれも佐々木さんとのやり取りになるのですが、彼はずっと「もっとビッグな楽曲が欲しいです」ということをおっしゃっていました。以前書いた曲も、私としてはかなりビッグな曲だと思っていたのですが、それによって、さらに引き出されるものがあったというか、自分の“伸びしろ”みたいなものを改めて感じた一曲でもありました(笑)。

ーーそうなんですね(笑)。

ジョン:はい(笑)。佐々木さんは、私が作った音楽を、実際の映像に合わせる“選曲”と呼ばれる作業も担当していて……そう、それで思い出しましたが、NHKの音響チームは、いちばん最初の打ち合わせから、“スケール感のあるもの”を求めていました。私としては、今回は『麒麟がくる』のときのように、馬が出てくるわけでもないし、いわんや合戦シーンがあるわけでもないので、そこまでのスケール感が必要なのだろうかと思っていたところがあったのですが、“スケール感”というのは、彼らの中では最初から非常に明確にあって……それこそ、狭い畳敷きの部屋で、2人だけで会話するようなシーンでも、スケール感のある音楽が欲しいと。なぜなら、そこで彼らが話している内容は、きっと壮大なスケールの話になるはずだから、と。

ーーなるほど。

ジョン:そこで、私が考えたのは……部屋の中のような小さなシーンであっても、できるだけ幅広い音域を使うことでした。バイオリンを使うにしても、いちばん低い弦から高い弦まで全部を使ったダイナミックなメロディを考えるなど、そうやってスケール感を出すことを心掛けるようにしたんです。音数を増やすことによってスケール感を出すのではなく、幅広い音域を使うことによってスケール感を出していくような。なので、リズムに関しても、なるべくスケール感を出せるようなものを取り入れるなど、そこは一貫したものとして維持したいというのは、今回ずっと意識していたことではありました。

ーー先ほど、物語の中盤から舞台が吉原から日本橋になって、新しい登場人物も出てきたという話がありましたが、前半の重要人物が“瀬川/瀬以”であるとするならば、後半はやはり“歌麿”ですよね。

ジョン:おっしゃる通り、吉原時代の蔦重の物語において、重要な役割を担っていたのは瀬川でした。そう、私がこの作品の一貫したテーマだと感じているのは、“トランスフォーメーション”なんです。瀬川は、蔦重に対する“思い”を胸の奥にずっと抱きながらも、鳥山検校に身請けされることを選びます。そうやって、自らをトランスフォームさせることによって、目の前の現実を受け入れようとしたのでしょう。その意味で、日本橋に舞台を移してから、蔦重にとって非常に重要なのは、帰ってきた“唐丸”ーー“歌麿”の存在でした。

 実際、歌麿に関しては、「歌麿の目覚め」「歌麿の迷い」など、彼をテーマとした楽曲をいくつか作りましたが、視聴者のみなさんと同じように、私も最初の段階では、彼がどのような人物として描き出されていくのか、なかなかわからないところがありました。本作における歌麿は、幼少期のトラウマを抱えていて、なおかつ、蔦重に対して表には出せない気持ちを抱いている、実に複雑なキャラクターです。その苦悩が描かれる中で、やがて彼は蛹が蝶になるように、自らをトランスフォームさせてゆく。それによって彼は、絵師としての才能を開花させていくわけです。そういった“トランスフォーメーション”という意味で、本作の後半部における歌麿は、ひとつ象徴的な存在だったのではないでしょうか。

ーーなるほど。別の言い方をすれば、すれ違う思いの中で、自らを変化させていくようなーー両者ともに蔦重絡みというのが、なかなか切ないところではありますが(苦笑)。ちなみに、実際にオンエアされた本編を観て、音楽の使い方が印象に残っているシーンなどはありましたか?

ジョン:具体的なシーンを挙げるのは、なかなか難しいところがあるのですが、音楽の使い方としてひとつ特徴的だと思ったのは、たとえば街中のシーンがあったとき、最初は現場の音と言いますか、環境音や台詞から入って、いつのまにか音楽が流れて、また環境音や台詞に戻っていくーーそのメリハリのつけ方が、とても素晴らしいですよね。あと、音楽のつけ方も、かなり大胆と言いますか、かなり大きい音で音楽が流れているシーンが結構あって。もちろんそれは、作曲家としては非常に嬉しいことなのですが「そんなに大きな音で流してくれるんですか?」という驚きもあって。なので、毎回毎回、クリスマスプレゼントを開けるような気持ちで、本編のオンエアを楽しみに観ています(笑)。

ーー(笑)。そもそも、メインテーマである「Glorious Edo」以外の曲は、なかなか全部が使われることはないわけで。それこそ作曲者として、ぜひ一曲フルで聴いて欲しい曲を挙げるならば、どのへんの曲になるのでしょう?

ジョン:ああ、それは素晴らしい質問です(笑)。でしたら、あえて3曲を挙げさせてもらいたいと思います。「江戸の錬金術師」「Tanuma’s Downfall」「Heritage」の3曲です。それぞれ一曲を通して聴いていただきたい理由があるのですが、まず「江戸の錬金術師」という曲は、サントラ盤のVol.1に収録されている曲で、ベスト盤にも入っていてーーこの曲に関しては、前回の取材でも少しお話させていただきましたが、そもそもなぜこの曲に“アルケミスト=錬金術師”という言葉を使ったかというと、紙に描かれた絵を版画という形で芸術に昇華させることは、自らの手で金を生み出そうとした錬金術師のようだと思ったからなんです。それを音楽的に表現するには、どういうふうにするのがいいだろう。なので、そういうことを想像しながら、使っている音色や曲の展開ーー曲がどのように始まって、どんなふうに変わっていくのか。そんなことをイメージしながら聴いてもらえたら嬉しいです。

ーー「Tanuma’s Downfall」については、いかがでしょう?

ジョン:この曲は、田沼意次に関する曲なのですが、Vol.1に収録されている「田沼意次」という曲が元になっていて。そのときは、NHK交響楽団の弦とハープだけで演奏していただいたのですが、こちらはフルオーケストラで演奏してもらった一曲になっています。この曲で描いているのは、田沼意次という人物の生き様です。彼は素晴らしいアイデアを持った人物で、実際いくつかのことを成し遂げたわけですが、最終的には政争に敗れて、江戸城を去ることになる。その無念さと言いますか、そこに至るまでの紆余曲折を音楽的に描いたものなので、是非最初から最後まで、通して聴いていただけたら嬉しいです。

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