山崎まさよしの楽曲は時代を越えて愛される――デビュー30周年オールタイムベスト『山崎見聞録』世代別クロスレビュー

山崎まさよし『山崎見聞録』世代別レビュー

■30代:蜂須賀ちなみ
「山崎まさよしの楽曲が世代や時代を問わず愛され続ける理由が明確になった」

 山崎まさよしがデビュー30周年を記念してリリースしたオールタイムベストアルバム『山崎見聞録 〜30th Anniversary All Time Best〜』は、全33曲、CD3枚組という大ボリュームの作品だ。1995年から2025年まで年代順に並べられた楽曲群は、山崎の音楽的自伝であり、彼の音楽がいかに世代を超えて愛され続けてきたかを証明するアーカイブでもある。ライブ音源や未発表デモ音源も含むこの完全版ドキュメントは、山崎の音楽的変遷と影響力の全貌を俯瞰できる貴重な資料と言えるだろう。

 30代の私にとって彼の音楽は、青春期に確実に存在していたものの、当時は深く聴き込むことなく過ごしてきた。そのような立場から、このベストアルバムを聴いた。

「セロリ」(1996年)

『セロリ』(1996年)
『セロリ』(1996年)

 私が山崎まさよしを知ったきっかけは、DISC1に収録されている「セロリ」だった。最初はSMAPのカバーで知り、その後、山崎の歌うオリジナル版に触れた。このようなリスニング経路を辿った同世代はきっと多いだろう。適度に脱力しつつも土の匂いを感じさせる曲調に、当時は感覚的に「なんかいいな」と思うのみだったが、今改めて聴き直すと理解できることも多い。ブルースを基調とし、ボサノバ的な雰囲気さえ漂うオリジナル版には、“山崎まさよし”というミュージシャンのコアの部分が色濃く反映されているのだなと思った。私は彼のデビューをリアルタイムで目撃していないが、ブルースやファンクの要素を日本のポップスに取り入れた彼の登場がセンセーショナルで、ゆえに独自のポジションを確立するに至ったのだろうと楽曲から想像することができた。

 山崎まさよしの作詞家としての真骨頂は、日常的なモチーフから普遍的な感情を抽出する能力にある。野菜のセロリという身近な素材を恋愛感情の比喩に用いたこの曲は、山崎の作家性を象徴する1曲と言えるだろう。まず冒頭で、食べ物の好き嫌いという誰にでも理解できる現象について歌ったあと、人と人との差異の話へ、さらに恋愛のすれ違いの話へ自然に繋げる。その発想や構造自体も、あくまでさらっと歌っている点も巧妙だ。だからこそ、ほかの歌詞と比べると主観的で非論理的なあの早口の箇所、譜割りの細かさと言葉数の多さでもって感情を溢れさせるパートがより映える。楽曲の多層性、音楽的な豊かさ、身近なものを通じて語られる愛情の普遍性。これらすべての要素が絶妙に絡み合い、時代や世代を超えて響く理由となっているのだろう。

「Heart of Winter」(2008年)

『Heart of Winter』(2008年)
『Heart of Winter』(2008年)

 山崎まさよしがJ-POPシーンにもたらした影響は大きく、彼の曲をカバーするアーティストも多い。しかしそれを聴くたびに思う。あの歌い方はほかの誰にも真似できないな、と。トラッドミュージックを愛好し続けてきた経験と、リスナー/プレイヤーとしての長年の蓄積から生まれるリズム&グルーヴは、一朝一夕では身につかないものだからだ。

 2008年にリリースされたDISC2収録曲「Heart of Winter」は、CMで耳にした記憶がうっすらとある。今回、時系列で楽曲を聴けるベストアルバムのフォーマットによって、“山崎まさよし節”と呼ぶべき特有の歌唱法がこの時期に確立されたように感じた。独創的な節回しに加えて、ブルース的な翳りとドラマティックな展開を両立させた美しいメロディも、「あの人の音楽」として印象に残る個性であり、多くの人の記憶に残るフックとして機能している。

「One more time, One more chance ~劇場用実写映画『秒速5センチメートル』Remaster~」(2025年)

『One more time, One more chance ~劇場用実写映画『秒 速5センチメートル』R emaster~』(2025年)
『One more time, One more chance ~劇場用実写映画『秒 速5センチメートル』R emaster~』(2025年)

 DISC3の「One more time, One more chance」は、多世代にわたる受容の多様性を象徴する楽曲だ。1996年に山崎の初主演映画『月とキャベツ』の主題歌として世に放たれ、2007年公開の新海誠監督によるアニメーション映画『秒速5センチメートル』とともに新たな層に届いた。2025年の実写版公開に伴い、今再び注目され……というよりは、もはやバラードの金字塔として浸透しつつある。この曲が30年近く愛され続ける理由は、失われた愛への郷愁、時間の不可逆性への諦観、それでも続く日常への意志という、時代を超えた人間の普遍的感情が歌われているからだろう。大切な人と別れ、喪失感を抱える主人公は、〈いつでも捜しているよ どっかに君の姿を〉と偶然の再会への期待を募らせる。本当は問題の解決も、相手からの応答も見込めないことなどとっくにわかっているのに、心は彷徨い続けている。

 終盤でサビを3回繰り返す構成で、成就を期待できない状況、行き止まり感が表現されているが、〈君の姿を〉→〈君の破片を〉→〈君の笑顔を〉という微細な変化によって、喪失を受け入れていく過程が描写されている。最初は相手の全体像を求めているが、途中から全体は望めないと気づき、「断片的でもいいから」という諦めと切実さへと至る。そして最終的には、最も美しい記憶の一部分を心に留める方向へと収束。希望の兆しを見せることなく、失恋/喪失体験の痛みを徹底して歌うこの曲は、リスナーが音楽とともに感傷に浸るのを許容する器の大きさも、痛みを代わりに歌うことで次なる転機へと向かわせる力も兼ね備えている。

 『山崎見聞録 〜30th Anniversary All Time Best〜』を聴いて感じたのは、哲学的深度と音楽的完成度の高さだ。30年間の軌跡を俯瞰できるこのアーカイブによって、山崎まさよしの楽曲が世代や時代を問わず愛され続ける理由が明確になった。

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