斉藤由貴、人生を色濃く映した名曲の新たな魅力 “聴きたかった歌”が詰まった40周年ツアー映像を堪能

斉藤由貴、40周年ツアー映像を堪能

 これは誰もが聴きたかった歌だ。斉藤由貴の歌手活動の大きな節目を飾るコンサートツアー『40th Anniversary Tour “水辺の扉” ~Single Best Collection~』を収録した映像作品(9月10日リリース)を観終わって、心からそう思った。

斉藤由貴 - 40th Anniversary Tour “水辺の扉” ~Single Best Collection~ (Trailer)

 なんと彼女にとって36年ぶりとなる全国ホールツアー。北は仙台から南は福岡まで、追加公演として発表された東京・昭和女子大学人見記念講堂(2025年3月23日)まで約1カ月で、自身のキャリア史上最大規模の会場を含む全国8カ所をめぐる試みだった(今回の映像作品には、その追加公演の模様が収録されている)。

 音楽的な恩師であり、もはや同志とも言える存在であるアレンジャー・武部聡志とのコラボレーションで歌手活動を積極的に再開させてきた近年の彼女にとって、このツアーはいわばひとつの総決算でもある大きなイベント。デビューシングル曲「卒業」(1985年)に始まるシングルヒットの数々を、ほぼオリジナル通りのアレンジで演奏するというのも大事なコンセプトとなっていた。

 しかし、「誰もが聴きたかった歌」とは、あの頃の通りの曲が聴けるというだけの意味ではない。何より、演奏は原曲を忠実に再現することができても、40年前に歌っていた曲を、あの頃の斉藤由貴のまま現在の彼女が懸命に追いかけるように歌う、それだけでは会場全体を覆い尽くし、映像を通じてさえ観る者たちをとらえてしまうほどの大きな感動はなかったと思うからだ。

斉藤由貴 コンサート写真

 武部は彼女のデビュー当時の歌について、「不安定」だが「プロの可能性」を感じたと常々発言している。そして、それは自身のピアノと彼女の歌だけでかつての名曲に向かい合った『水響曲』(武部プロデュースによる斉藤のセルフカバーアルバム)のプロジェクトでも、変わらぬ魅力として鮮やかに映った。不安定であるということは、歌手として、役者として、母として、女性として、斉藤由貴自身として、彼女の人生、その生き方が、歌を歌うたびに色濃く反映されているということの証でもある。そして、なぜその歌を歌うのかという答えのない問いかけを彼女がいつも歌に対して投げかけていることの表れでもある。コンサートのオープニングに語られるモノローグは、まさにこれから歌を通じて自分と向かい合う彼女の意志の表明に思えた。

 それにしても素晴らしいセットリストだったと思う。「初戀」(1985年/3rdシングル曲)、「白い炎」(1985年/2ndシングル曲)、「情熱」(1985年/4thシングル曲)と、冒頭の3曲はいずれも彼女がデビューした1年を「卒業」の後に彩ったシングルだ。「卒業」の瑞々しさから打って変わって、ドラマチックな表現を彼女が担ったこれらの曲は、俳優としての彼女の成長期ともシンクロしていた。スタンドマイクで、アクションも少なく、歌をじっと見つめるように歌う姿が印象的だ。

斉藤由貴 コンサート写真

 40周年ツアーが全会場ソールドアウトとなったことへの素直な喜びと感謝を交えたMCで少しリラックス。そこから、シングルだけでなくアルバムにも歌いたい曲がたくさんあるからという理由で選ばれたレパートリーへと続く。「街角のスナップ」(1987年/4thアルバム『風夢』収録)、「少女時代」(1988年/6thアルバム『PANT』収録)、そして再びシングル曲で、おそらくファン人気は屈指とも言える「MAY」(1986年/8thシングル曲)、「ORACIÓN -祈り-」(1988年/11thシングル曲)。第一部は、彼女自身の作詞で、当時のスタジオでこだわりを持って臨んだとMCで語られたエピソードが微笑ましい「予感」(1986年/3rdアルバム『チャイム』収録)で終了する。

 第二部は「土曜日のタマネギ」(1986年/6thシングル曲)でスタート。この曲はオリジナルのアカペラ多重録音の再現は不可能ということで、『水響曲 第二楽章』でのリアレンジ版で演奏された。そして、シティポップとして再評価されていることに驚いてもいると語りながら披露されたのが、ともにアルバム曲の「ストローハットの夏想い」(1986年/『チャイム』収録)、「AXIA ~かなしいことり~」(1985年/1stアルバム『AXIA』収録)。ファンには長く愛されている曲に新たなスポットライトが当たっていて、それを、彼女自身が今の思いを込めて歌うことができるのも、こういうアニバーサリーならではだ。

 ここからのコーナーは、『水響曲』から生まれた武部と彼女の新たな音楽的なコンビネーションならではの試み。まずは武部のピアノだけをバックにした「3年目」(1988年/『PANT』収録)。2曲目は、武部の提案により、今回のツアー全カ所で日替わりのレパートリーを歌うことになったと苦笑混じりに彼女はMCしたが、最終日に選んだのは自身で作詞した「家族の食卓」(1987年/『風夢』収録)だった。両親や姉、家族への思いを口にしながら思わず涙ぐむ姿が、本当に正直で胸を打つ。感極まってしまう姿は40年のキャリアを持つプロの歌い手としてはふさわしくないのかもしれない。だが、こんなふうにどの歌にも自分で向き合っていく姿を、まっすぐに見せてくれる人はいないとも思う。

斉藤由貴 コンサート写真

 コンサートは終盤になり、「砂の城」(1987年/9thシングル曲)、「青空のかけら」(1986年/7thシングル曲)、「悲しみよこんにちは」(1986年/5thシングル曲)と一気に華やかになる。そして、ラストはやはりこれしかない。デビューシングル曲にして永遠の名曲「卒業」。

 アンコールは「夢の中へ」(1989年/12thシングル曲)、「『さよなら』」(1987年/10thシングル曲)。彼女自身の作詞で初めてシングル曲になった「『さよなら』」をエンディングに持ってくる演出は素晴らしい。なぜって、それはこの「『さよなら』」で自分の言葉による自分自身の表現として歌われることで、たとえ歌っていなくても、生きてこれからも活動していくことがまた別の意味で彼女の「歌」なのだと感じさせてくれるから。斉藤由貴の歌手活動の大きな大きな節目を飾った完結の曲ではなく、力強い“つづく”を見せてもらった。だから、あえて言う。こんな歌が聴きたかった。そして、これからもこんな歌を聴いていきたい。

◾️商品概要
斉藤由貴『40th Anniversary Tour “水辺の扉”〜Single Best Collection〜』
2025年9月10日(水)発売
・初回生産限定盤(Blu-ray+PHOTOBOOK)VIZL-2460/8,800円(税込)
・初回生産限定盤(DVD+PHOTOBOOK)VIZL-2461/8,800円(税込)
・通常盤(SHM-2CD)VICL-70284~5/4,800円(税込)

[映像収録曲]
初戀
白い炎
情熱
街角のスナップ
少女時代
MAY
ORACIÓN -祈り-
予感
土曜日のタマネギ
ストローハットの夏想い
AXIA〜かなしいことり〜
3年目
家族の食卓
砂の城
青空のかけら
悲しみよ こんにちは
卒業
夢の中へ
「さよなら」

[特典映像]
morn〜透明な壁〜(Live at 神奈川県民ホール2025年2月21日)

[CD収録曲]
Disc 1
1.Prologue
2.初戀
3.白い炎
4.情熱
5.街角のスナップ
6.少女時代
7.MAY
8.ORACIÓN -祈り-
9.予感
Disc 2
1.土曜日のタマネギ
2.ストローハットの夏想い
3.AXIA〜かなしいことり〜
4.3年目
5.家族の食卓 
6.砂の城
7.青空のかけら
8.悲しみよ こんにちは
9.卒業
10.夢の中へ
11.「さよなら」
Bonus Track
morn〜透明な壁〜(Live at 神奈川県民ホール2025年2月21日)

斉藤由貴 40th Anniversary Project Special Site

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