熊木幸丸、11年目のLucky Kilimanjaroは中庸を取らずに両方を攻める 「ずっと平均台の上で踊り続けていたい」

ラッキリ 熊木幸丸、バンドの11年目を語る

 今年2月に幕張メッセで見事なワンマンライブを成し遂げ、結成10周年イヤーを締め括ったLucky Kilimanjaro。幕張メッセで繰り広げられた最高のライブの熱気と高揚は、5月に配信リリースされた、これまた最高のライブアルバムにしてダンスアルバム『YAMAODORI 2025 at 幕張メッセ』にもパッケージングされているので、それも聴きまくってもらいたいが、本人たちは早くも新たな季節に足を踏み入れるべく、大阪・服部緑地野外音楽堂でのフリーライブを皮切りに新たな全国ツアー『LOVE MY DANCE LOVE YOUR DANCE』をスタートさせた。

Lucky Kilimanjaro - はるか吠える [Official Music Video]

 そして、その最中となる先日7月2日に、新曲「はるか吠える」をリリースしたのだが……これが、かなり新機軸。日々を生きる上でまとわりつく不安や悲しみを前提にしながらも、その上で湧き上がる瞬間最大風速の希望への衝動をバシッとキャッチする、最高のラッキリ流ロックに仕上がっているのだ。ラッキリ、全然落ち着いてない。ラッキリ、まだまだ行くつもり。そんなエネルギーがバシバシに伝わってくる1曲だ。11年目に突入し、新たなアクセルをふかす新曲と共に、熊木幸丸は今、何を思うのか。じっくり語ってもらった。(天野史彬)

弱さや不甲斐なさ、情けなさがベースにある

Lucky Kilimanjaro 熊木幸丸
Lucky Kilimanjaro 熊木幸丸

ーー新曲「はるか吠える」、Lucky Kilimanjaroが新しいフェーズに入ったことを感じさせる最高の1曲だと感じました。このロックなサウンド感は新機軸だと思うんですけど、どのようなところからアイディアが生まれたんですか?

熊木幸丸(以下、熊木):バンドが2024年で10周年を迎えて11年目に入っていくに当たり、自分の表現をもっと広げていきたいというのはありましたね。そもそも、ダンスってダンスミュージックのためだけのものではないじゃないですか。

ーーそうですね。

熊木:音楽って形式に縛られないところが面白さですし、少なくとも、僕の音楽は「こういうジャンルはこういう踊り方でなければいけない」ということではなく、自由にいろいろなものが混ざり合っている空間であってほしいと思うので。もちろん踊れれば正しいっていうわけではないですけど、でも、「どんな音楽でも踊れる要素はある」ということを伝えていくために、自分たちの活動を広げていかなくてはいけないっていう感覚が10周年のツアー中にあったんです。僕らがやっている、ハウスミュージックやテクノミュージックをバックグラウンドに持った音楽で踊ってくれる人たちがいることを、ツアーで改めて実感したからこそ思えたことだと思うんですけどね。より広範囲で「踊る」ことを楽しんでもらって、それが僕らの活動だけじゃなくて音楽シーン全体に広がっていけば、すごく面白いことになるなと思いますし。

ーーはい。

熊木:それで周りを見渡してみたとき、僕の好きなポーター・ロビンソンが、2000年代くらいのエモロックの質感とエレクトロミュージックを組み合わせて曲を作っていたり、Fontaines D.C.のようなかっこいいロックバンドが出てきているという状況があったりして。僕もそもそもロックミュージックが好きだったので、「ロックをダンスミュージックとしてみんな届けることはできるんじゃないか?」と思ったんです。僕の中には、ロックミュージックが好きな自分も、ダンスミュージックを好きな自分もいて、どちらでも感動してきた経験がある。それならシンプルに、このふたつを混ぜてみたら面白くなるのかなって。そういうところからスタートした曲ですね、「はるか吠える」は。

ーーお話を聞く限り、熊木さんの中で、この曲には「音楽的な広がりを持とうとすること」と、「自分のルーツにあるロックに向き合うこと」という、未来と過去の両方向に向けた目線が重なっている感じがします。

熊木:たしかに、そうですね。過去を見る方向と、未来を見る方向が同時に共存している。その部分はそんなに考えていなかった部分ですけど、そういう面白さはありますね。

ーー「はるか吠える」は、ライブ映像を観る限り熊木さんがギターを弾きながら歌われているんですよね。音源とライブでの感じはちょっと違ってくるんですかね?

熊木:ライブでは現状、ツアーの仙台と郡山で1回ずつやっただけで(※この取材は7月上旬に実施)、自分たちでも、この曲でお客さんとどうコミュニケーションを取っていこうか? という部分は定まりきっていないんです。ロックの衝動的なエネルギーもありつつ、それを「踊れる音楽」として表現して、みんなが自由に踊ってくれたら面白いなと思うんですけどね。その部分はまだ、俺らが足りていないなっていう。この曲のギターロックとドラムンベースの融合ラインをバンドでどう表現するのかっていう部分は、まだ探っている段階です。でも、これはLucky Kilimanjaroのお客さんに感謝ですけど、初めての曲でもみんな様子見せず踊ってくれますね。10年やってきたことの僕らとお客さんの関係値が、そのまま空間に表れているなと思います。

ーーこの曲を作るに当たり、熊木さんの中で「そろそろロックやりたいな」という衝動的な部分ってあったと思いますか?

熊木:ああー、どうだろう。「ロックやってて楽しいな」という瞬間は、たしかにありますね。ギターをガッと弾く楽しさ。でも、僕はあくまでダンスをできる空間として自分のライブがあって、そこに何を混ぜたり、足したりするのか? というところに興味があるんですよね。なので、「Lucky Kilimanjaroはこれからロックミュージックに行くのか?」と問われたら、それはノーだなと思っています。今のところは。

ーーあくまでも「今という瞬間は、これが出てきたんだ」という感覚なんですね。

熊木:はい、そうですね。

ーー「はるか吠える」は、サウンド的にも真っ直ぐなロックサウンドというよりは、かなり「ラッキリらしいロック」という形に昇華されていると感じますが、どのように考えていきましたか?

熊木:いわゆるロックミュージック的な、生演奏で音を合わせて厚みを出すような音像というより、Mura Masaの作品やVampire Weekendの一部の作品のような、プロダクション的な発想で作られているダンスミュージックとロックの融合という部分はイメージしていました。僕ららしいエディット感によって、曲の展開がレイヤー化されているようなものがいいなって。

ーーたしかに、歌詞では〈鳴らすしかないこのディストーション〉とも歌われますけど、決して勢いに任せたロックサウンドではないんですよね。むしろ、すごく繊細に、エディット的な部分にこだわりながら焦燥感を奏でている感じがします。

熊木:ディストーションって、「強い音」という一面があると思うんですけど、この曲は強さというより、歌詞にも出てくる「ボロボロの自転車」みたいなダサさが常にあるなと思っていて。それを自分と重ね合わせた人が鳴らすものとしてのディストーションが、イメージとしてあるんですよね。この曲の歌詞には、弱さや不甲斐なさ、情けなさがベースにあると思いますし、歌詞を読むと「頼りないな、こいつ」と思う人もいると思うんです。でも、そういう人もディストーションを鳴らして、なんとかその頼りなさから抜け出したり、少なくとも自分の頼りなさと共存できるだけの力を得たり……そうしなくてはいけないときがある。そのための手段として、ディストーションが必要になる瞬間はあると思うんですよね。そういう意味でも、曲のプロダクションがロックバンド的な強さや骨太さに行かなかった部分はあると思います。

ーーなるほど。

熊木:どういうふうに「強い音」と「弱い音」をくっつけるのかは、エディット段階でも考えていて。ギターの音もあえてピッチを揺らしてみたりしたんです。「この音はマッチョ過ぎないよな?」とか、「この音はマッチョだけど、ここには合うよな」とか、そういうことを考えながら音は配置していましたね。

ーー瞬間的に表れる「強さ」は逃さずに捉えようとしていると思うんですけど、でもその前提には「弱さ」がある。この、前提に「弱さ」がある感覚は、やはり近作は一貫していますよね。

熊木:そうですね。ずっと「強さ」が流行っていたと思うんですけど。そういう風潮に対して、「やってらんねえな、俺」と思って。

ーー(笑)。

熊木:「そんなんじゃキツいわ。そんなマッチョじゃいられないわ」って(笑)。自分のそういう人間性と音楽が繋がっているんだと思います。

ーーこの曲の印象的なメロディの音って、どのように鳴らされているんですか?

熊木:あれはシンセサイザーの音にギターのエフェクターを嚙ませたり。でも、それだけだと成立しなかったので、いろいろ混ぜていて。気持ち的に「これ、かなり面白いな」と思いながらやっていましたね(笑)。

ーー改めて、すっごく不思議な曲ですよね。

熊木:「不思議な曲」ってよく言われます(笑)。掴みどころがないというか。「ヴァース→コーラス」の構造でもないし、「Aメロ→サビ」の構想でもないし。ひとつのメロディで延々と歌っていて、そしてドロップがあって、みたいな。あまりないタイプの曲だなって自分でも思います。

ーーこれは世代的なものもあると思うんですけど、僕が「はるか吠える」を聴いて思い出したのは、The Strokes(以下、ストロークス)だったんです。「ロック」と呼ばれる音楽であることは間違いないけど、「この音どうやって出してるの?」という感じとか、曲の構成とか、シンプルなようで実はものすごく摩訶不思議に出来上がっているという。あのストロークスの感じが、「はるか吠える」は近いような気がしていて。

熊木:そういう意味で言うと、僕が洋楽ロックで最初に「面白いな」と思ったのはストロークスなんですよ。Arctic Monkeysもそうだけど、どっちかと言うとストロークスの音使いがすごく好きで。あの、ヘロヘロしているのにカッコいい感じがいいんですよね。あと今日、狙ったのかはわからないですけど、PhoenixのTシャツを着ているじゃないですか(この日は、リアルサウンド編集員がPhoenixのTシャツを着用)。

ーーああ(笑)!

熊木:Phoenixのイメージも、「はるか吠える」にはかなり入っています。ストロークスとかPhoenixみたいな、「なんかよくわかんない音がいっぱい入ってんな」と思うんですけど、それが成立しているカッコよさ。そういうロックバンドが好きですし、そういう音楽からは、この曲はかなり影響を受けていますね。

ーーストロークスやPhoenixの音楽の質感と、この「はるか吠える」が通じている部分をもっと言うと、作り手の個人的な記憶とか、そういう頭の中にあるものから音を取り出してきている感覚があるなと思って。そこが僕はすごく好きなポイントなんです。

熊木:たしかに、ずっとサンプリングしている感覚なんですよね。自分がどこかで抱いた感情、自分が過去に持った感覚、いつか聴いた音楽の質感……そういうものをサンプリングして、自分の音楽に張り付けている感覚。コラージュしている感じというか。そういう感覚は僕が音楽を作るときには一貫してありますし、「はるか吠える」も、そうやっていろいろな要素がパチパチ切り替わっていく感じがすごく自分らしいなと思います。やはり変な曲ですね(笑)。

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