AIと向き合う音楽の未来の行方――Nolzy×柴那典、対談! 新曲「fit感」で問う意義のすべてを語る

Nolzyが新曲「fit感」をリリースした。
昨年11月に1stアルバム『THE SUPREME REPLAY』をリリースし、シンガーソングライターとしての新たな歩みを始めた彼。ディスコファンクのアッパーでエネルギッシュなサウンドに乗せて“社会への馴染めなさ”を歌った「fit感」は、Nolzyにとっての“新たな代表曲”となり得る一曲だ。
Nolzyはどこに向かおうとしているのか。楽曲制作の裏側だけでなく、AIを用いた作曲についてなど、幅広いテーマをもとに語り合った。(柴那典)
Nolzyとしての原点「そもそも自分にとって作曲は自己表現ですらなかった」
――あらためて、昨年11月に出た『THE SUPREME REPLAY』を振り返っていただけますか?
Nolzy:やっぱり出発点になるアルバムだったなと思ってます。そこから、ただ曲を作るだけではなく、アートワークとか楽曲の文脈とか、そういったクリエイティブも含めてプロジェクトとしての見せ方をしたいという意識が生まれた。それまでは、その時の気分で、その時の自分のトレンドで音楽を作っていたんです。そこからカルチャー的な意識で活動をしていきたいと思った分岐点のアルバムだった。だからこそ、ジャンルのマナーとか、時代感とか、使う機材とか音色にかなり忠実に取り組んだ作品で。それをやったことがスタート地点になった。Nolzyというアーティストが何者なのかを自分のなかでも定義するきっかけになった作品だったなと思います。
――そもそもNolzyという名義で活動を始めた時は、どういうことを考えていましたか?
Nolzy:最初にあったのは“Y2K”というキーワードでした。K-POPではそういうリバイバルの文脈があるし、ダンスグループだけじゃなくシンガーソングライター然とした人でそういう音楽をやっている人もいる。しかも、2000年前後のJ-POPがリファレンスになっていたりする。自分自身が1990年代後半とか2000年代前半の音楽に影響を受けていたし、懐かしさだけじゃなく新しさもあるというのは、自分の強みの部分だったから。そういうことは意識にありました。
――『THE SUPREME REPLAY』もそうですし、今年に入ってリリースしている楽曲も、基本的にはR&B、ファンク、ネオソウルのような音楽をベースにしていますよね。このあたりを自分の音楽的な方向性として定めた理由は?
Nolzy:これに関しては、実は「NolzyというアーティストはR&Bをやっていきます」という感じではないんです。あくまで「第1章はそうなった」という言い方のほうが適切で。自分自身のルーツはやっぱりロックなんです。原体験はOasisだったりする。でも、同じタイミングでジャミロクワイも聴いていた。そういう原体験もあるけど、両方の入り口が混在していて。さらに振り返れば、子どもの頃にいちばん流行ってたのがモーニング娘。だったり、そのユニットのタンポポの曲だったりする。その楽曲をよく聴いたらベースにウィル・リーが参加していたりするみたいな、そういう時代のアイドルで。SMAPもそうですよね。本格派のR&Bというより、もう少しJ-POPっぽいごちゃ混ぜ感があるニュアンスが入り口になっているんです。そういう方向性が自分の本当のルーツだから、ある意味、本格派のR&Bをやるという感じにはどうしてもなれない。もちろん大人になってからちゃんとR&Bの源流をしっかり勉強したうえで、両方の視点で新しい音楽を作っているんですけど。そのうえで、「今R&Bをやりたい」というチョイスだったんです。だから、今は転換期でこの先はもう少しモダナイズしたトラックのニュアンスと合流できそうなビジョンもあります。ハウスとかハイパーポップと接続できるかもしれないし、ここからジャンルの幅を広げていきたいという思いがあります。
――なるほど。何らかのジャンルをやろうと定めているというよりも、“Y2K”というキーワードにあるように、過去にリファレンスを置きつつ、今の音楽を更新していくというマインドのほうに、Nolzyとしてのアーティストのアイデンティティがある。
Nolzy:まさにそうです。さっき言った新しさと懐かしさとか、自分の音楽には二面性みたいなものがずっとありますね。コントラストで描きたいというのがあります。

――今年2月には自主イベント『Nolzy pre. FAV SPACE_』もありました。ライブの場が増えたことはNolzyの活動にどんな影響をもたらしましたか?
Nolzy:ライブをやり始めたことで、「人を巻き込みたい」という発想が増えたと思います。昔は職人っぽい気質というか、山にこもって、ひたすら自分のなかから生まれるインスピレーションを形にするみたいな感覚だった。ジャンル感とかアーティストとしてのビジョンが定まらなかったのもそのせいで。世のなかとの関わりがないし、人とも会ってなかったから、世間のトレンド感とかフィーリングにもあまり触れていなくて。でも、ライブはお客さんだけじゃなく、バンドメンバーがいたり、スタッフが動いたりする。現場でのいろんな人との関わりが増えると、自分のズレている部分も見えてくる。そこをチューニングしていくなかで、「Nolzyとしてこういう見せ方をしたい」というビジョンが出てきたところがあって。表現により向き合って、身体の動かし方についても「こうパフォーマンスしたほうがさらに伝わるかも」とか「ここは何も意識しないほうが伝わるかも」とか。聴き手がいて、その相手に対してどうアプローチするかを考えるようになった、という。音楽がちゃんと表現のツールになったというか。
――もともとはそうではなかった?
Nolzy:振り返ると、そもそも自分にとって作曲は自己表現ですらなかったんですよね。小さい頃から勝手にメロディが浮かんで、それを録音している子どもだったので。「表現をしたい」「何かを人に伝えたい」、その手段として音楽を選んだという人もいると思いますが、僕は先天的にそうじゃなくて。何かを伝える以前に曲が生まれてきていた、という。それがようやく自分のなかでのアウトプットの必然性が生まれてきたという感じです。人とのコミュニティ、関わりがあったから、自分のなかでそういった意識が生まれた。そういう意味で、ライブが“アーティスト・Nolzy”としてのスイッチを入れてくれたっていうところがあります。
――これまでにも何度も会話を重ねてきましたが、本来的にはアーティストというよりクリエイター的な人だと思うんです。職業作家的な発想の持ち主という。でも、Nolzyという名前でステージに立っている姿は、アーティストとしてのものだった。ちゃんと自分の音楽が持つ陶酔感を信じてそこに委ねている感じがありました。Nolzyというプロジェクトを始めたことにはそういう意味もありましたか。
Nolzy:まさにそうですね。自分の人格と分けるためのネーミングという。Nolzyという名前になったことで、作曲の段階から動き方が変わってきた。視野が広くなりました。



















