クラウドナイン代表取締役社長・千木良卓也が振り返る2024年 「いちばん避けたいのは後悔すること」J-POPの海外確立を見据えて

クラウドナイン社長・千木良卓也インタビュー

Ado、平手友梨奈……拡大する事務所の規模

ーー直近だと、平手さんの所属が大きな話題になりました。彼女に対してはどんな印象を持っていましたか?

千木良:実は欅坂46や彼女のことをほとんど知らなくて。今年の夏くらいに初めて会って、そこでいろいろと話したんです。実際に会って話してわかったけど、才能やクリエイティブに関してはとても信用しているし、めちゃくちゃ真面目で素直な子で、人の意見を聞ける子。自分が正しいと思い続けちゃうと、自分の正しさから抜けられなくなるじゃないですか。平手にはそういう部分もなかったですし、これからまだまだ成長するだろうと思いました。

ーークラウドナインからの初シングル「bleeding love」のリリースインタビュー(※1)も拝見しました。平手さん本人は「想定していた曲とは違った」と話していましたが、デビュー曲の方向性はどのように決めていったんですか?

千木良:最初想定していたものは、ミドルテンポの切ない感じの楽曲だったんです。でも、クラウドナインへの所属を発表した時にメディアや世間的な反響もあって、ある週刊誌から「平手さんがドタキャンしたのは本当ですか?」とメールがきたので、「ドタキャンするんですね、私は知らなかったです。そういうことなのであれば縛っておきますね」と返して、その通りに縛った写真を出したんです(笑)。だけど、そこでファンのあいだでは少し心配するような声も上がって。ファンが心配している、そういう状況のなかで悲しい曲を出すと、切なさにより拍車をかけてしまうかなと思ったんです。「bleeding love」は、明るい曲を出したほうがいいタイミングだったという判断がひとつ。あとは、単純に平手が踊っているところを私が見たかったんです。

平手友梨奈『bleeding love』MUSIC VIDEO

ーーなるほど。彼女本人の意思としても、今後は音楽に軸足をおいて活動していくことになりますか?

千木良:今はアーティストとしての活動がメインですね。本人が「音楽をやりたい」と言っている以上、私たちも音楽活動をサポートしていきたいと考えています。逆に本人が音楽以外に力を入れたいとなった際は、別の方向性もあると思います。

ーーちなみに、千木良さんは楽曲の方向性などについてどの程度コミットしているんですか?

千木良:今はほとんどないです。アーティストやチームに任せるようにしています。職業作家でもなければ、職業歌手でもないから。好きに歌いたいものを歌えばいい。それがアーティストじゃないですか。もちろん、タイアップの事情もあるので全部が全部ではありませんが、基本は好きに活動してほしいと思っているので。

ーー素朴な疑問なんですが、なぜAdoさんのデビュー曲は「うっせぇわ」だったんですか?

【Ado】うっせぇわ

千木良:デビュー前のAdoのYouTubeのチャンネル登録者は10万人くらいだったんですけど、おそらく最初から爆発するのは難しいだろうと思っていて。それまでに何をすべきかと考えた結果、まずは人目を引くインパクトを残したいなと。今、みんなが夢中になっているものから、Adoに目線をズラしてもらえるような曲と考えた時に、それが「うっせぇわ」だったんです。とてもボカロ業界っぽい曲でもありましたし。当時、会社には私しかいなかったし、レーベルの担当者も少なかったんですけど、あそこまで聴かれることになったのは想定外でした。

 私、世界でいちばん「うっせぇわ」って言ったことのない人間がAdoだと思うんですよ(笑)。本人は絶対そういうことを言わない子なので。膨大な賛否の声や違和感のあるメディアの取り上げ方など、困ったこともありましたし、SNSには加工画像をもとに彼女がやってないことがやったことになったり、完全に「うっせぇわ」を歌ってそうな嫌な子ってイメージに引っ張られて本人とはかけ離れたイメージが走ったこともありましたけど、彼女を知ってもらうという意味においてはプラスにはなりました。

ーーメディアの報道やSNSでの誹謗中傷など、アーティストのメンタルケアも大事な時代です。2021年には誹謗中傷に対するステートメントも出されていますね。

千木良:今は弁護士が複数人いて、誹謗中傷に対して開示請求をしたり、対応してくれるチームがあります。もともと強い人間なんてひとりもいないんですけど、まわりにいるリアルな人間のことが大事になれば遠くの声は気にしなくなるんですよ。隣にいるマネージャー、プロデューサー、仲間とコミュニケーションを取ることでネットとも距離が生まれますし、アンチコメントや嘘のコメントなんかどうでもよくなっていくというか。

マネジメント観の軸「ハンドルとアクセルは本人に握っていてほしい」

ーーアーティスト数も増えていますが、クラウドナインは新人開発はどのように行っているんですか?

千木良:YouTubeやSNSで探して私が声をかけるパターンと、所属しているアーティストがきっかけになることもありますね。みんな、普段から事務所のことをすごく褒めてくれているみたいで、それを聞いて「入れてくれませんか?」と会社に問い合わせがくることもあります。

ーーそこから実際に会って、音楽を聴いて所属の可否を判断するんですよね。過去のインタビューでは「声質を大事にしている」ともおっしゃっていましたが、どんなことを基準にしているんですか?

千木良:声に関しては変わらず、声質とその子の低い声は気にしています。高いレンジはトレーニングである程度は伸びるけど、低い声をトレーニングで伸ばすことは高音に比べると難しかったりするので。あとは、やりたいことが明確かどうか。たとえば、「大きいところでライブがしたいです」みたいな人よりは、「武道館でライブがしたいです」と言う人とは組んでみたいと思います。もっと言うと、「いつまでにこういう理由で武道館でライブがしたい」というところまで思っている子はすごくマネジメントしやすいです。

ーービジョンが明確かどうか、ということですかね。

千木良:目的と、そこに行くまでの手段ですよね。たとえば、東京から北海道へ行くと仮定した時に、そのままがむしゃらに走って北海道まで行こうとするのか、もしくは「3日間アルバイトをしてお金を貯めてから飛行機で行けば4日で着ける」と考えられるかの違いは大きくて。「北海道に行きたい」と言えるのがアーティストだとしたら、私たちマネジメントの仕事は「飛行機で行きなさい」と言えることだと思うんです。逆に、北海道なのか、沖縄なのか、韓国なのか、どこに行きたいのかがわからない子は目的地を決めるところからスタートするので少し時間がかかります。

ーー千木良さんのマネジメントに対する考え方がわかりますね。

千木良:ハンドルとアクセルは本人に握っていてほしいんです。私たちはさまざまなアーティストをマネジメントした経験があるから、行きたい場所への行き方を示すカーナビにはなれる。あと、速度を上げたり、落とすためのギアチェンジ、ブレーキまではできるんです。でも、目的地を決めて、アクセルを踏むことだけは本人にしかできない。どこに行きたいか、それに対して動けるかどうか。そのふたつがそろっていたら、ぜひ一緒に仕事したいと思えます。

ーー新人で言うと、ファントムシータが今年デビューしました。Adoさんがすべてプロデュースしているということで。

千木良:楽曲や衣装のディレクション、SNSの写真チェックからプロモーションまで、すべてAdoが決めています。契約関係やクリエイティブ以外のことをサポートしているくらいです。

ファントムシータ『おともだち』(OFFICIAL MUSIC VIDEO)

ーーそういったアーティストマネジメントとは別で「Cloud Box Lesson」や「SHOWBIZ」といったサービスも展開しています。いずれもキャリアの浅いアーティストやクリエイターの支援につながるものという印象を受けますが、どういう意図で展開しているのでしょうか?

千木良:「Cloud Box Lesson」は、純粋にエンジニアの育成が目的です。ミックスエンジニアは歌や作曲と違って、育成することで伸びやすいし、我々の仕事にも繋がる職業だと思っていて。スクールに参加する人は経験と技術が手に入りますし、あと、アーティストを目指すフリーの方のなかには、音源をミックスしてほしい人はたくさんいて、そういったミックスの依頼をスクールでは無償で受けているんですね。音源を送る人は無料でミックスができて、「Cloud Box Lesson」受講者にとっては教材になります。それに、会社としてはネットにアップされる前のデモ音源が自然と集まってくるので、そこでスカウトの幅も広がっています。

 「SHOWBIZ」は、タイアップ曲が“どんな曲”ではなく、“誰が歌っているか”で決めることに違和感を覚えたことが発端です。プロモーションのことを中心に考えているのであれば別ですが、作品の質やクリエイティブを高めるのであれば、“誰が”ではなく、“どんな曲”のほうが大事だと私は思っていて。選択肢を“誰”ではなく、“曲”に変えたいと思って作ったのが「SHOWBIZ」です。あと、印税の在り方についても思うところがありました。「SHOWBIZ」は、印税を原盤と出版という従来の形に分配するのではなく、タイアップ先、作詞家、作曲家、歌唱者、編曲者、ミックスエンジニアにそれぞれパーセンテージで割り振る考え方です。おそらく、編曲者とミックスエンジニアにとっての印税という仕組みは極めて珍しいと思います。

ーーJ-POPに対する危機感にしても、マネジメント以外の取り組みに関しても、音楽業界にある定石を打ち破ろうとする意思を感じます。5周年を経て、次は10周年に向けてどんなことを考えていますか?

千木良:実現する/しないは置いておいて、具体的な構想ややることはほぼ決めているんです。ただ、それについてはまだ話せないことが多いので……。抽象的に言うと、かっこいいことをやりたいし、かっこ悪いことはやりたくないです。

 あと、社員やアーティストに対して一貫しているのは、「信じてほしい」ということですね。私がいちばん避けたいのは、後悔することなんです。自分を信じていない時、「できないかもしれない」と思った時、人は動けなくなるし、そうなった時に後悔は生まれると思っていて。アーティストにはアーティストの、社員には社員の、私には私の、それぞれ信じている夢や希望があると思います。時代の後押しや運ももちろんあったと思いますが、この5年間で「無理だ」と思わずに信じ切ったものを実現できた実績がクラウドナインにはあります。社員や私も含めて、アーティストたちからもらったこの経験とチャンスを信じて、次の目標を実現まで持っていく5年間にしたいですね。

※1:https://youtu.be/0acWFq9G90w?si=_D8SoaNSbfW5z895

クラウドナイン オフィシャルサイト:https://cloud9pro.co.jp/

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