kiss the gambler かなふぁん、音楽に昇華する“人とのコミュニケーション”への関心 柴田聡子からの影響も

kiss the gambler、音楽的ルーツ

石井マサユキ、Shingo Suzukiらプロデューサーとの共作に感動

ーー「Winter of 96」では、韓国のプロデューサーSARAさんが参加していますね。

かなふぁん:去年、韓国出身の4人組女の子バンドboîteと日本で知り合ったんですよ。バンド自体、まだそんなにライブ経験が多いわけじゃないんですけど、一人ひとりがすごい才能の持ち主なんです。中でも、ピアノを担当しているSARAさんのソロアルバムがすごくかっこよかったので、「こんな感じでお願いできるかな?」と思ってお願いしました。私はボーイ・パブロのようなUSインディーの音が好きで、そういう曲を集めたプレイリストをSARAさんに送ってアレンジの土台を作ってもらい、その後佐藤洋介さんに90年代のJ-POPっぽい要素を加えてもらって仕上がりました。

ーー歌詞はフランソワ・オゾン監督の『Summer of 85』(2020年)から着想を得たとか。

かなふぁん:はい。映画ではカップルの片方が事故で亡くなってしまうんですけど、その事故までの数週間、お互いに「想像上の理想の相手」を作り上げていく過程が描かれていて。そこにインスパイアされました。

ーー〈君を苦しめる人から離れて、大切な場所だって、時には自由を奪うの〉というフレーズが心に刺さりました。

かなふぁん:恋愛でも仕事でも、大切だけど自分を苦しめる対象になってしまうことってあるなと。私自身、会社員だった頃に「せっかく就職したんだから、辞めずに頑張ってお金を稼ごう」と思っていたけど、それで自分の自由が奪われることも多かったんです。そういうときに「手放そう」と決意するのはとても大変だけど、手放してみるといつも、「なんであんなに縛られていたんだろう?」と思うんですよね。

ーー大切だと思っていたものが、実は執着や依存の対象だったと。

かなふぁん:はい。この曲は、そんなふうに執着や依存を手放せず苦しんでいる人の背中をそっと押してあげるような存在になれたらなと。

kiss the gambler「ひとりで決めない」(Official Music Video)

ーー「ひとりで決めない」のメロディやコード進行は、ちょっとビートルズっぽい感じもありますね。アレンジや演奏はOvallのShingo Suzukiさんが担当しています。この曲の歌詞も共感しました。自分が焦ったり困ったりしている時に決めたことって、大抵うまくいかないことは確かに多いなと。

かなふぁん:オンラインで買い物する時とかもそうですよね。服や薬、新幹線のチケットとか購入しても、何かしらミスって後悔することが続いた時期に作った曲です(笑)。服とかも実際に見てないから、届いた時に「え、こんな色?」ってなってしまうことが多いなと。

ーー〈終わったらフルーツパーラー行こうね。僕が払ってあげるから〉という歌詞には、どんな想いが込められていますか?

かなふぁん:これは単純に「病院ちゃんと行ったから、ご褒美に甘いものでも食べようね」っていう意味だったんですけど、曲の中で何度も繰り返していると嫌味に聞こえる(笑)。それも面白いかなと思いました。

ーー「与えてばかりの僕に」のアレンジも石井さんですよね?

かなふぁん:はい。「ボサノバっぽい曲にしたいな」と思い、ギターの代わりにピアノでボサノバのリズムを真似して作ってみました。この曲の歌詞も、実体験に基づいています。最初は「誰々のために何かしてあげなきゃ」と思って始めたことに対して、「全然返ってこないじゃん!」と思う自分がいて。見返りを求めてやり始めたわけじゃないのに、続けているうちに求めてしまうのって何なんだろうと。それってまるで、壊れた自動販売機にコインを入れ続けて「コーヒー出てこない!」と言っているみたいだなって(笑)。そういうのが続いていた時に書いた歌詞です。

 あと、ちょうど大谷翔平選手がドジャースに移籍したばかりの頃、通訳者の水原一平さんが、華やかな世界から一気に落ちていく姿を見て感じたことも反映されています。何かのはずみでお金持ちになったとしても、自分は調子に乗りたくないし、お金が全然ない時に人に頼ることもしたくない。自分の状況がどうであっても、相手を見下したり、逆に相手に媚び諂ったりしたくないと思ったことも歌詞にしました。

kiss the gambler「サラダステーション」(Official Music Video)

ーー「サラダステーション」は、駅のベンチに腰掛けてサラダを食べている女性を見て思いついた曲だそうですね。

かなふぁん:はい。カウンセリングルームの受付でバイトをしていた時、患者さんの話を直接聞くことはなくとも、「こんなに辛い家庭もあるんだ!」という情報がいっぱい入ってきたんですよね。それで道行く人を見ていても、「この人も悩んでいるのかな?」なんて勝手に思っちゃって……超迷惑な話ですけど(笑)。

 そこから想像を膨らませ、家庭内で別居している夫婦をテーマに書きました。家族や恋人だから言えることと、友人に対して言う言葉が全然違うことってあるじゃないですか。私自身もそうなんですけど、友達に見せている自分の方が、人としては正しいというか、「親しき仲にも礼儀あり」をちゃんと実行できている。それを、家族や恋人にもできたら、もっといい関係になれるんじゃないかなという結論に至りました。

ーーkiss the gamblerの作品には、全体を通して人とのコミュニケーションや距離感についてのテーマが感じられますね。今考えていることが反映されているのかなと思いました。

かなふぁん:そうかもしれないですね。例えば夫婦関係や恋愛関係に関して、あまり身近にうまくいっている例が多いわけではない(笑)、何が正解か分かるわけじゃないけど、コミュニケーションに関して何かしらそういう人たちに届いたらいいなと思っています。

ーーさまざまなアレンジャーと、曲ごとに組んでみてどうでしたか?

かなふぁん:前作『何が綺麗だったの?』は、私のピアノ弾き語りが中心だったので、予想外なことはそんなに起きなかったんです。でも今回は、まったく知らない世界に連れて行かれたような楽曲が多く、感動する場面も多かったですね。「かっこよくなんかならなくていい」と「与えてばかりの僕に」はバンド編成でのレコーディングだったんですけど、石井マサユキさん、楠均さん、真船勝博さんなど素晴らしいミュージシャンの方々の、生の演奏を目の前で見ることができたのはすごくいい経験でした。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる