日食なつこ×リリー・フランキー対談 ニッチなものにポピュラリティが宿る表現の哲学
大谷翔平、大瀧詠一、銀座のクラブのアオイちゃん
リリー:日食さん、岩手のご出身ですよね? 岩手と言えば大谷翔平、大瀧詠一、あとは銀座のクラブのアオイちゃん。
日食:最後の方はどなたですか(笑)?
リリー:すごくキレイな方なんですよ(笑)。僕のラジオ(『スナックラジオ』TOKYO FM)で「童貞合唱団」という企画をやってるんですが……。
日食:めちゃくちゃ気になりますね(笑)。
リリー:全員リスナーなんですけど、厳正な調査を経て、正真正銘の童貞6人で合唱させるんですよ。そういうミントな状態だからこそ出せる声があるし、しかも歌った曲が「Time To Say Goodbye」(イタリアの歌手アンドレア・ボチェッリのオペラティックポップ楽曲)。もともとはイタリアのイケメンが朗々と歌い上げる曲で、冒頭はイタリア語なんですけど、童貞合唱団が歌うとめちゃくちゃ感動するんですよ。
日食:イタリアのイケメンが歌うのとは意味が違ってきそう。
リリー:そうなんです。童貞合唱団がめちゃくちゃがんばったから、ご褒美にアオイちゃんが働いている銀座のクラブに連れていったんですよ。
日食:話はそこにつながるんですね(笑)。
リリー:6人とも当然、女の子がいるお店に来るのは初めてで。セクシーなドレスを着た女性が横に座ってるんですけど、そのことよりも僕がいつもラジオで話しているアオイちゃんを見たことに感動してましたね。「この方が岩手の宝のアオイさんなんですね」って(笑)。
日食:最高の打ち上げ(笑)。
リリー:話を岩手に戻すと(笑)、宮沢賢治の流れもあるじゃないですか。一人でずっと壁を見ているような。
日食:その流れ、確かにありますね。私もそうかも。
リリー:宮沢賢治も一生童貞だったという説がありますよね。しかも春画のコレクターでもあったという。その話を知ったときは、信頼できるなと思いました。
日食:盛岡県民にとってはよく知られたエピソードですね。私にもそんなルーツがあるのかも……。そして、何となく15周年を迎えて。
リリー:周年を迎えたミュージシャンに「こんなに長くやってると思っていました?」と聞くと、ほぼほぼ「そんなこと考えてなかった」って言いますよね。
日食:そうだと思いますよ。さっきも言いましたけど、「気づいたら」という感じだろうし、逆にいつ辞めるかも考えてない気がする。私もそうですけど。
リリー:節目と言えば、矢沢永吉さんの50歳の記念ライブというのがあって(1999年9月15日 横浜国際競技場での50歳のバースデイライブ『TONIGHT THE NIGHT! 1-9-9-9-0-9-1-5~ありがとうが爆発する夜~』)。「I LOVE YOU, OK」で泣いて歌えなくなったんですよ。
日食:あの矢沢さんが?
リリー:そう。矢沢さんはキャロルでデビューしたんですけど、けっこうすぐ解散して、26歳のときに「I LOVE YOU, OK」でソロデビューしたんですよ。あの曲は革ジャンが似合うロックンロールではなくて、アメリカンポップスに近い、白いスーツで朗々と歌い上げる曲なんです。当時のファンのなかにはブーイングした奴もいたし、矢沢さんもしばらく歌ってなかったんですよ。50歳を記念したライブで久々に歌ったんだけど、2番で泣いてしまって。矢沢さん、この話を何回もしてると思うんですけど、いつも初めて話すように語ってくれるんですよ。(ここから矢沢永吉のモノマネで)「リリーさん、あのときの『I LOVE YOU, OK』の話、しましょうか?」って。
日食:すごい!
リリー:(引き続き矢沢永吉のモノマネで)〈長くつらい道も/お前だけをささえに歩いた〉という歌詞があるんですけどね、嗚咽して歌えなくなっちゃったんです。デビューしたとき「50になってもケツ振ってロックやるよ」って言ったけど、そんなことができるとは思ってなかった。でも、実際に50歳になって、こんなデカいところでライブやって、ファンやファミリー、スタッフがいてくれる。2番を歌った時、そのとき矢沢、「I LOVE YOU, OK」の歌詞の意味がわかったんだよね。〈お前だけをささえに歩いた〉の“お前”は、矢沢本人でした。
日食:カッコいいなあ!
リリー:つまり「俺、よくがんばってきた」ということですよね。ファンや家族、スタッフがいるなかで、「俺はよくがんばった」と思えるってすごく信頼できるし、そういうことがあるんだったら、周年の意味もあるのかなと。
日食:そうかも。私は全然その域に達していないし、「がんばってきた」と思えるタイミングじゃないんでしょうね。
――リリーさんは過去を振り返って、「よくやってきたな」などと思うことはありますか?
リリー:まったくないですね。年を取るたびに「やりたいことが全然できないまま死ぬんだな」って思うようになってきて。だからと言って「やりたいことって何なの?」と言われるとアレなんですけど(笑)。仕事とは思ってないと言ってるわりには「なんか時間に追われてるな」という焦燥感もあったり。いつだったか画材屋ででっかいキャンバスを何枚も買って「よし、今年は絵を描くぞ」と思ったことがあったんだけど、10年くらい真っ白いままっていう(笑)。
日食:そういうことありますね。
リリー:原稿用紙を買い込んでも、なかなか書かなかったり。その話を脳科学者の茂木健一郎さんにしたら「やらなくていいと脳が判断しているんです」って言われて。そう言われるともう何も返せないじゃないですか(笑)。
日食:ちょっと説得力ありますからね。ちなみにリリーさんは仕事するとき、お酒飲むことはありますか? それともまったく手を付けないタイプですか?
リリー:飲みながら仕事したことはないですね。書き物に追われてるときも終わってから飲みます。だから僕、飲みに行く時間がめちゃくちゃ遅いんですよ。2時とか。
日食:お店、開いてます?
リリー:そういう人たちが集まる店っていうのがあるんですよ。たいてい定職がなくて、歯もないような。
日食:そんな(笑)。
リリー:日食さんはジンがお好きなんですよね?
日食:はい。前に住んでいた家――それも山奥なんですけどーーの近くにジンが豊富なバーがあって、そこでいろいろ教えてもらって。大きめのグラスにジンを少し入れて、大きい氷を入れて回しながら飲むのが好きです。
リリー:香りを楽しむタイプなんでしょうね。ということはボタニカル系?
日食:あ、そうです。おっしゃる通り、香りがあるジンが好きなので。私は舐めるように飲んでるんですけど、店にはベロンベロンになってるお客さんもいて。そういう人の話を聞きながら、「曲になるかも」って思ったりしてますね。お酒を飲んでも眠くならず、脳が覚醒するタイプみたいで。
リリー:それはジンが身体に合ってるからでしょうね。僕も蒸留酒を飲んでるときは覚醒して、流れてる曲がすごい入ってきたりするし、しゃべりたくなるんですよ。逆にワインとか日本酒を飲んでるとドローンとしちゃうこともあって。
日食:私はビールでそうなります。
リリー:お酒の種類で酔い方は変わりますからね。そういえばジンの話で思い出したんだけど、ジンって口のなかがキレイになるらしいですよ。
日食:聞いたことあります。締めに飲むと次の日の息がいい香りになるっていう。
リリー:そうそう。以前、指原莉乃と一緒に『真夜中』(フジテレビ系)っていう番組をやってたんですよ。オール深夜ロケで、いろんなところをうろつく番組だったんだけど、銀座のバーに行ったことがあって。指原が「こういうバーには来たことがない。何を頼めばいいかもわからない」って言うから、「そういうときはバーテンさんに聞けばいいんだ」みたいな話をして。そのときも「締めはジンがいいよ」って言ってたんですよ。一緒に行った男がエレベーターでキスしてくるかもしれないから。ジンは口の中がきれいになる。
日食:そういうことですか(笑)。
リリー:男が会計しているときにジンを口に含んで、あとはトイレに行って片足上げて洗っておけ。バーのトイレが大きく作られているのはそのためなんだぞって(笑)。
日食:(笑)。今度、山奥のバーで確認してみます。
アナーキストとして登場しないと、ポップスタンダードにはなれない
――じっくり対話してみて、お互いの印象はどうでしたか?
日食:リリーさんはどの角度から質問しても、すごい価値観を投げ返してくださる方だと思っていて。今日はそれを浴びたかったんですよね。
リリー:なるほど。
日食:この対談企画も、私が知らない畑の方のエッセンスを浴びて、カルチャーショックを受けたいというテーマがあって。千鳥のノブさん、あいみょんとの対談もすごくよかったんですけど、カルチャーショックという意味ではリリーさんがいちばんでした。
リリー:『The Covers Fes』のときは生放送だったから、あまりお話できなくて。じっくり話をお聞きしてみたいと思っていたので、呼んでいただいてよかったです。ご本人と会ってちゃんと話すと、曲の聴こえ方が違ってきたりするんですよ。
日食:コンサートにもぜひいらしてください。15周年と言いつつ、まだまだ試行錯誤してますが……。
リリー:考えてみると日食さんって、ポピュラリティのあるものを目指している人じゃないのに、YouTubeの再生回数はすごかったりするじゃないですか。先鋭的というか、ポップスをやろうとしてないのに気づいたらポピュラリティを得ている。そこで悩んだりすることはなかったですか?
日食:あったかもしれないけど、その時期は抜けた気がしますね。この後は“数”なのか“質”なのかで悩むかもしれないなと。
リリー:でも、“数”は自分でコントロールできないですからね。
日食:そうなんですよね。“質”ということでは、リリーさんがおっしゃった「ポピュラリティを目指してないけど、そっちに寄っていく」という見方をすると、これからのルートが描きやすいのかなと。
リリー:そういえば30代くらいのとき、師匠みたいな人に「金のための文章は書きたくない」って話したことがあるんですよ。「文章を書いて人気者になりたい」みたいな気持ちもなかったし、人に嫌われることも何とも思ってなくて。今はイヤですけど。
日食:どこかの時期で考えが変わったんですか?
リリー:だって嫌われるのも体力が必要じゃないですか(笑)。いろんな雑誌で原稿を書き始めた頃は、カミソリなんかが送られてきたこともあって。もちろんSNSなんかないから、そういうときに「僕の文章を読んでる奴がいるんだ」とわかるっていう(笑)。逆にうれしくなって、ちゃんと返事を書いたり。
日食:すごい(笑)。
リリー:師匠とそんな話をしてるなかで、「リリーがいいと思うことを書けばいい。でも、その文章がお金になってしまったらどうする?」と言われたんですよ。そのとき僕は「それは構わないです」と答えたんだけど、「それでいいんだ」と。
日食:お金が儲かるのは結果論ということですね。
リリー:だから「そこを目指さなくていい。お前はそのままでいいんだ」と。人気者になるというのも、そういうことだと思うんですよ。人気者を目指すとどんどん人気者から遠くなるじゃないですか。
日食:人気者とは“なってしまうもの”であると。
リリー:そう。The Beatlesやストーンズ(The Rolling Stones)も最初は不良だと思われていたわけですから。もしかしたらアナーキストとして登場しないと、ポップスタンダードにはなれないのかもしれないですね。最初からスタンダードを目指すと、いつの間にか泡沫になっていく気がする。
日食:グサッと刺さるものがあるからこそ、結果的にたくさんの人に届くし、ずっと残っていく。確かにそうですね。
リリー:日食さんには、適度に人に寄り添わない感じがあると思うんですよ。たぶん、みなさんはそこが好きなんじゃないですかね。
日食:その言葉を自分の勇気にしたいです。寄り添うべきなのか、跳ね除けるべきなかは、やっぱり迷ってしまうところなので。
リリー:迷っているというのは、どこかに“寄り添いたい”という気持ちがあるというか、理解しようとしてるんでしょうね。それがいちばんいいんじゃないですか? 寄り添いたい! みたいなところをブリブリに出すとーー聴く人たち、見ている人たちは敏感だからーーすぐ見透かされちゃうだろうし。さっきも話に出てたけど、壁を向いている感じもすごくいいと思います。
日食:壁を向いている同士で共鳴するってことで。
リリー:「水流のロック」のMVは1000万再生を超えてるけど、その全員が壁を向いているっていう。
日食:その絵が浮かぶと、話が早い気がします。
リリー:ニッチなものがいちばんポピュラリティに近いのかもしれないですね。
日食:リリーさんもそういう哲学のもとでいろいろなお仕事をされてきたんでしょうね。私もその信念で、もうちょっとがんばってみたいです。
リリー:日食さんの曲を聴きながら「僕と同じで、まっすぐ太陽を見れない人なんだろうな」と勝手に思ってたんですよ。
日食:あ、そうですか。
リリー:太陽を浴びるのが大好き! みたいな人とあんまり仲良くなれたことがないから。月のほうがよっぽど素敵……だって“日食”だしね。
日食:名前に全部出ちゃってますよね(笑)。日食の名前を背負ってる者として、これまで通りのスタンスでやっていこうと思います。
■リリース情報
『日食なつこ 15th Anniversary BEST -Fly-by2024-』
発売日:2024年9月18日(水)
<初回限定盤>
価格:7700円(税込)
【仕様】
・CD2枚組
・本型BOX仕様
・「エリア過去」展示物レプリカカード6点
・「エリア未来」ツアーフォトカード5点
・「エリア不変」盛岡のすゝめZINE1点
・ベストアルバムツアー「エリア現在」CD特別封入先行シリアルコード
<通常盤>
価格:4400円(税込)
【仕様】
・CD2枚組
・ベストアルバムツアー「エリア現在」CD特別封入先行シリアルコード
■日食なつこ 関連リンク
日食なつこ 15th Anniversary -宇宙友泳- 特設サイト
デジタル配信:https://orcd.co/nisshoku
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