日食なつこ×リリー・フランキー対談 ニッチなものにポピュラリティが宿る表現の哲学

日食なつこ×リリー・フランキー対談

キャリアにおけるピークとは何か?

日食:役者としての気質を見抜かれていたんでしょうね。文字を書く人生、絵を描く人生、役者としての人生が同時に走っているなかで、それぞれのピークが重なることはなかったですか?

リリー:一つのことしかできないところがあるんですよ。お芝居の合間に原稿を書くとかできないし、別の作品の撮影が重なるのも無理。意外と器用じゃないんです。どれだけ時間がかかるかもよくわからなくて。たとえば俺、原稿用紙30枚12000字くらいの短編小説を4時間くらいで書いたことがあって。

日食:え? それは一体、どんなテンション感で……?

リリー:次の日の朝から草野球の試合があったから、それまでに書こうと(笑)。でも、人から頼まれた歌詞とかはすごく時間がかかるんですよ。字数で言ったら何百くらいだけど、2万字の小説よりも大変というか。文字数が少ないぶん精度が必要だし、曲を作る人には畏敬の念がありますね。

日食:俳句や短歌もそうですよね。たまに俳句集とかも読むんですけど、表現の濃縮率がすごくて。自分が1曲でやろうとすることを“五・七・五”でやり切るわけですから。

リリー:歌を聴いて、同じようなことを思いますよ。「この3分半のなかで、よくここまで言い切れたな」という。音楽のなかにある言葉にはいつも影響を受けてますね。

日食:歌詞はいまだによくわからないんですけどね。たとえば「今日はいい夜ですね」という歌詞があったとして、それにメロディを当てるときは、話すときのイントネーションに沿わないと(リスナーは)何を言ってるか分からないと思うんです。それに当てはまらない場合もあるし、まだまだ試行錯誤の段階というか。

リリー:楽器とのバランスもありますからね。斉藤和義くんに「弾き語りの時、歌と演奏、どれくらいの割合で考えてます?」って聞いたら、「ギターが7くらいの感覚」って言ってて。つまり歌よりも楽器に重きを置いているらしいんですよ。

日食:あんなに歌が強いのに。

リリー:そうなんだけど、和義くんにそのことを聞いたとき「なるほどな」と思ったんですよね。逆に歌が8で楽器が2という人もいるだろうし。日食さんも、楽器のパーセンテージを減らすの難しそうじゃないですか。ピアノにある程度、重きを置かないと成立しないというか。

日食:確かにピアノの割合を減らすと、私の魅力は半分以下になると思います。ただピアノの技術はまったくないんです。鍵盤だけでバンドが成り立つような作り方をしてますけど、絶対にピアニストではないなと思っていて。『The Covers』の話に戻っちゃいますけど、人の曲をカバーすると自分の技量がバレちゃうんですよ。オリジナル曲は手癖のアソートパックみたいな弾き方をしているんですけど、カバーはそうはいかないし、“踊ったことのないステップは上手くできない”みたいな感じになって。

リリー:しかもあのとき、なぜか白いグランドピアノでしたからね。カーペンターズ(Carpenters)の曲とかが似合いそうなピアノなのに、日食さんはガンガン弾いてて。

日食:ピアノもビックリしていたというか、優しく弾いてほしいなと思ってた気がします(笑)。そもそも『The Covers』でピアノの弾き語りをした方って、どれくらいいらっしゃるんですか?

リリー:ギターの弾き語りよりはかなり少ないんじゃないかな。ピアノ1台で弾き語りしたのは、矢野顕子さん、大塚愛さんとか。

日食:そうなんですね! 矢野さんはどんな曲を歌われたんですか?

リリー:「春咲小紅」や「SOMEDAY」(佐野元春)とか。その頃、『The Covers』の収録スタジオになぜか猫がいたんですよ。まったくコントロールできない猫で、本番中もスタジオを走り回って。「この猫、なんなの?」って思ってたんだけど(笑)、矢野さんが弾き語りしていると、その猫がピアノの上に乗ったんですよ。

日食:なんかそれ、他の出演者さんたちは負けた気持ちになりそうですね。「自分のときは猫が寄ってきてくれなかった」って。

リリー:猫が好きな周波数が出てたのかもしれない(笑)。そういう不思議な力がある人なんだと思います。

――矢野さんの猫好きは有名ですからね。

リリー:でも、ピアノの弾き語りをする人は減ってるような気もしますね。昭和の頃は、ピアノを弾きながら歌う人がよくテレビに出てたけど。

日食:藤井 風さんはピアノのイメージがありますけど、また別のジャンルですからね。これは私の話ですけど、ピアノを弾きながら歌うと、ちょっと野暮ったい印象になる気がしていて。それも悩みなんですよね。

リリー:いや、そんなことないんじゃないですか。ピアノ弾き語りはやっぱりかっこいい。

日食:ピアノを弾ける男はずるい(笑)。

リリー:俺が子供の頃、近所にピアノが弾ける男の子はほとんどいなかったんですよ。学校の先生の息子がピアノ教室に通ってたんだけど、めっちゃイジられてましたから。「おまえ、ピアノのお稽古かよ」って。でも“今となっては”ですよね。ピアノ弾ける男はカッコいいなと思うし、ギターをやってた人が独学で覚えたピアノも味があっていいじゃないですか。

自分の名前で表に立つのは恥ずかしい

日食:そうですよね。ちなみにリリーさんはすごく音楽にお詳しいですけど、音楽の道に興味をそそられることはなかったですか?

リリー:ありましたよ。そのうちに「人のモノ(作品)に参加するほうが向いているんだな」と思うようになって。お芝居をしているときは、まったく照れがないんですよ。役名が付いていると「自分じゃない」と思ってやれるというか。映画やドラマで何回もケツ出してますけど、あれも自分じゃないからやれるんですよ(笑)。自分の名前で前に出るのはどうしても照れくさいですね。

日食:そうなんですね。

リリー:音楽をやるとどうしても自分が出てしまうし、良くも悪くも自意識が見えてきちゃうじゃないですか。それがキツイんですよね。

日食:カッコイイと思いますけどね、絶対。

リリー:自分を見ている自分がいるというか、カッコつけていると思われたくないっていうのもあるかな。

日食:今の話をお聞きして、私は逆かもしれないなと思いました。何かの役を与えられたり、演じることになったとしても、なり切ることはできないだろうなと。役に対する理解が追いつかず、自分のままやってしまいそう。それはたぶん、自意識があり過ぎるからだと思うんですが。リリーさんは役に対して、すぐ没頭できるんですか?

リリー:どうだろう? ただ、周りの人のほうが僕のことをよく見えているところもあると思うんですよね。演技の仕事にしても、僕の血のなかにまったくない役は来ないんですよ。逆に言うと、依頼された役によって、自分がどういうふうに見られているのがわかるというか。

日食:(脚本家が)ある程度、当て書きしているところもあるだろうし。

リリー:これまでに何本映画に出たかわからないけど、ネクタイを締めてる役はほぼないですからね(笑)。いわゆるカタギの役がなくて、大体は何かしらの犯罪に手を染めているという。

日食:(笑)。「リリーさんと言えば、こういう役」という枠が用意されているというか。それもすごいことだと思います。

リリー:この前、公務員の役をやったんですけど、初めてでしたね。なので日食さんも、「こういう役をやってほしい」と言われれば「私ってこういうふうに見てるんだな」ってわかるんじゃないですかね。

日食:役をもらうことで、自分のことを教えてもらえるというか。そうかもしれないですね。

リリー:僕もそうなんですよ。役作りというよりも「この役ができると思われてるんだな」という感じがあって。だから照れずにやれるんだと思います。

――さっき日食さんが言っていた“自意識”についてもう少し聞かせてもらえますか?

リリー:ご自分で自意識が強いと思っているのは、照れがあるということかもしれないですね。

日食:それもあると思います。

リリー:だけどMCではけっこうしゃべりますよね。「全然しゃべらないかと思ってました」って言われません?

日食:言われます(笑)。MCで話すことはほぼ決めてるんですけどね。

リリー:そこに几帳面さが出るんですね。決まっていることをしゃべる自分には照れがないですか?

日食:そのほうがしゃべりやすいんですよ。自分の素をあまり出したくないので、MCまで全部決めて、MCも曲というつもりでステージに乗せているというか。

リリー:それはセリフを覚えるようなもの?

日食:そうですね。自分で自分を演じているところはあるかもしれないです。

リリー:自分で書いた脚本でお芝居するウディ・アレンみたいですね。そういえば昔、コンサートの構成をやらせてもらったことがあって。

日食:そんなお仕事もなさってたんですね。

リリー:ええ(笑)。僕が曲順を決めると、メンバーは絶対にやらない構成になるらしいんですよ。自分としては「この曲から始まったらいいだろうな」という感じで決めてただけなんですけど、「メンバーからはこういう構成は出てこない」と言われて。それも“他人のほうがわかってる”ということかもしれないですね。

日食:演者にもそれぞれクセがありますからね。

リリー:そう、どうしてもクセができてしまう。いつの間にか「こうあるべき」という何かが決まってしまうんですよね。それに対する抗いは常にあるし、クセを感じさせないようにするためには、別のことをやるのがいちばんいい気がします。バラけるというか。

日食:なるほど。

リリー:文章ばっかり書いてるとどうしても手癖が出てくるんだけど、別の仕事をやると、それが取れてくるんですよ。

日食:いい具合に目線が逸れるんでしょうね。それはすごく羨ましいし、私は“別の仕事”というものがないんですよ。私の場合は、自分の家のことをやることで逸らしているのかも。

リリー:自然のなかで暮らしてるんでしたっけ?

日食:そうなんです。今住んでいる家にはけっこう広めの土地……というか荒野がついていて。来週も家に戻るんですけど、2時間くらい草刈りしないといけないんです。

リリー:マイケル・ジャクソンのネバーランドくらいありそうですね(笑)。

日食:(笑)。私の家はちょっと寒いところにあるんですけどね。隠れ家みたいな感じで、スタジオや練習場所としてもいいし、曲を書くために集中できる場所でもあって。

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